少女マンガに登場するステキな王子様に胸をときめかせていたあの頃——いつか自分も恋をしたい。そんな風に思いながら、イイ男とは何か、どんなモテテクが効果的なのか、少女マンガを使ってお勉強していたという人も少なくないハズ。
時は流れ大人になっても、少女マンガによって植え付けられた恋愛観や理想の王子様像は、そう簡単に劣化するものではありません。むしろ王子様の亡霊に取り憑かれて、リアルな恋愛がしょぼく思える人もいたり? この連載では、新旧さまざまなマンガを読みながら、少女マンガにおける王子様像について考えていきます。
好きなおかずしか入ってないお弁当のような「金の国 水の国」
「このマンガがすごい!2017(オンナ編)」の第1位に輝いた岩本ナオ『金の国 水の国』。愛されるマンガの特徴として「口コミの〝圧〟がすごい(量ではなく)」という特徴があると常日頃思っているわたしなのですが、この作品がまさにそうでした。
もうね、単行本発売直後から、周辺のマンガ読みたちに「ところで『金の国〜』読みました? え? まだ? なんで?」てな具合で質問攻めにされたり、まったく関係ないビジネスメールの最後で急に「早く読んで感想を送ってくださいよ!」と迫ってきたり、とにかく圧がすごかったんですよ!しかも男女ぜんぜん関係ナシ!
それもそのはず、本作はたった1巻の中に「2国間の争いとその解消」という歴史物語があり(スケールがデカい)、その中に「最初からヒーロー&ヒロインではない、二軍男女の恋愛物語」が描かれ(こっちは逆に超繊細)、しかも「犬と猫が出てくる」(超かわいい)という、「好きなおかずしか入ってないお弁当」みたいな状態になっているのです。この贅沢感、このムダのなさ、そりゃ愛も芽生えるわ、という感じです。かくいうわたしもすっかり夢中になってしまいました。
物語は、A国とB国の争いを鎮めるため、神様が両国間で「一番美しい娘」と「一番賢い若者」を贈り合うよう指示するところからはじまります。しかし、元々諍いの絶えない両国のことですから、そんないい人材を素直に送るわけがない。その結果、A国のおっとり系お姫様「サーラ」のところには犬の子「ルクマン」が、B国の貧乏土木設計技師「ナランバヤル」のところには猫の子「オドンメチグ」が贈られてしまいます。
しかし、サーラもナランバヤルも、そのことを表沙汰にしません。ふつうだったら「コケにされた!」とブチ切れていいところだと思うのですが、何故かそうしない。ふたりとも「乗っかり上手」な性格とでも言うのでしょうか、事を荒立てるよりは、流れに乗っかりながら、次の一手を考えるタイプなのです。
王子様としてのナランバヤルは、この「乗っかり上手」な性格で、サーラをはじめ、多くの人々を救っていきます。冒頭では、サーラに贈られたお婿さんの役を演じて欲しいと頼まれ、ふたつ返事でOKしていますし、A国とB国の国交回復を阻止したい輩に暗殺されそうになっても「あっしはこんなとこでくたばってるヒマはねーんでさあ」と、さらに危ない所へ突っ込んでいく。
彼の「乗っかり上手」とは、つまり「後に引かない」能力の高さ。技師として培ったインテリジェンスと、持ち前の勇敢さをうまく使いながら、決して後に引くことなく、前へ前へと進んでいくナランバヤルは、すごくカッコいい王子様です。賢いのにヤンチャやれるって最高……!
- 1
- 2