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  • 2017.09.21

いい大人の不器用さが“恋の旨味”だと再認識する『椿町ロンリープラネット』

大人だって少女漫画の少女漫画を楽しめます!制服ヒロインものという王道設定なのに、全く新しい『椿町ロンリープラネット』。労働系女子の初めての恋、恋に右往左往するダメで不器用な大人のいとおしさ。大人だからこそ楽しめる恋の旨味を少女漫画で再確認しませんか?

 少女マンガに登場するステキな王子様に胸をときめかせていたあの頃——いつか自分も恋をしたい。そんな風に思いながら、イイ男とは何か、どんなモテテクが効果的なのか、少女マンガを使ってお勉強していたという人も少なくないハズ。
 時は流れ大人になっても、少女マンガによって植え付けられた恋愛観や理想の王子様像は、そう簡単に劣化するものではありません。むしろ王子様の亡霊に取り憑かれて、リアルな恋愛がしょぼく思える人もいたり? この連載では、新旧さまざまなマンガを読みながら、少女マンガにおける王子様像について考えていきます。

少女マンガの可能性をワンランクあげた
『椿町ロンリープラネット』

椿町ロンリープラネット
『椿町ロンリープラネット』1巻/やまもり三香(著)集英社

 アラフォーになった頃から、「近い将来、制服ヒロインものにグッとこなくなるのではないか」と考えるようになった。
中学生や高校生のヒロインがあまりにも若くて、恋愛に対してもピュアすぎるために、「あとは若いひと同士でごゆっくり(そそくさ)」みたいになってしまいそうで怖かったのである。
いつ来るとも知れない少女マンガ卒業の瞬間を想像するとすごく悲しかった。大人女子マンガはもちろん好きだけど、少女マンガがすっかり過去のものになってしまって、全く萌えられない余生を過ごさなきゃいけないなんて、なんだかつまらないではないか。

 が、そんなものは杞憂だった。少女マンガを舐めるなよという話であった。アラフォーも余裕で萌える制服ヒロインものが、ちゃんとある。やまもり三香『椿町ロンリープラネット』。
制服ヒロインがいて、王子様や当て馬もいて、ある意味王道の設定なのだが、決して懐古趣味的ではなく、むしろ王道の設定を使って少女マンガの表現を前進させてゆくような意欲作。そして、新しい巻が出る度にキュンキュンさせてくれる。この殺傷能力はすごい。みんなにも読んでもらいたい。

ワーカホリックな男女の初めての恋

 ヒロインの「大野ふみ」は16歳の高校生。母とは幼くして死別し、父とつつましく二人暮らしをしていたのだが、ある日、父に600万の借金があると発覚。借金返済のため、父はマグロ漁船に乗ることを決める。とんだダメ親父である。
ふみはどうにか高校退学は免れたものの、住んでいたアパートは引き払うしかなくなってしまった。

 完全に孤児状態になったふみは、住み込みの家政婦として働くことに。勤め先は、時代小説家「木曳野暁」の自宅だ。この職業に、この名前。どう考えてもおじいちゃんだろうと思っていると、なんと黒髪のどイケメンが現れる。うろたえるふみ。しかし、暁もびっくりしている。なぜなら、ふみという名のおばあちゃんがやってくると思っていたから。

「小娘じゃねえか/めんどくせぇ」……暁のテンションは低い。でも、ふみにしょげている暇はない。ちょっとでも稼いで、節約して、借金返済の足しにしなければ。それにもう、実家がないのだから、ここでがんばるしかないのである。
制服ヒロインなんだけど、労働不可避。この条件が、ふみを単なる小娘の立場から救いだしている。若いけれど、ちゃんと働いている彼女には、年齢に関係なく共感できる。だって、わたしもあなたも同じ労働系女子だもの。

いい大人だって恋に右往左往する

 父との貧乏暮らしのせいで、日々の家事に追われ、恋に恋する余裕もなく、男の人を意識したことすらなかったふみが(まるで恋を忘れたワーカホリック女子だ)、初めてちゃんと恋をする相手、それが暁だ。
無口で無愛想。執筆中は昼夜の別なく書きまくり、飯もろくに食わず、原稿が終われば気絶したように眠る(こちらもかなりのワーカホリック男子)。普段ははたいていボサボサの髪を適当に束ね、首もとダルダルの白Tシャツを着ている。おしゃれもへったくれもない。まさに無頼派の王子様。でも、告白の言葉は饒舌だ。

「人を/好きになることが/どういうことかいまいちよくわからないが/お前の笑った顔は好きだ/泣いてる時は/どうにかそいてやりたいと思う/完璧じゃないが/これだけじゃ不満か?」

 ……いえ、ぜんぜん不満じゃないです。というか、どうしよう、めちゃくちゃストレートでかっこいい。言葉数は多いけれど、決して「盛っている」のではなく、自分の気持ちをきちんと説明していると感じられる。「いまいちよくわかからない」と申告しているのも、逆に信用できる。言葉の仕事をしているけれど、言葉で女を酔わせない。誠実だ。ふみが惚れるのもよくわかる。

 仕事に夢中で、己のイケメンぶりにも、恋する気持ちにも無自覚。ふみより一回りも年上なのに、恋愛レベルが実は彼女と同程度。最高である。
あと、大変個人的なことで恐縮だが、わたしは髪の毛束ねてる系男子、たとえば『重版出来』の五百旗頭とかが好きなので、暁もかなりタイプだ(福山雅治もNHK大河『龍馬伝』の時だけ妙に気になっていたし……)。

 で、暁の担当編集にして幼馴染みの「金石」がまたいい男なのである。作家・暁のよきパートナーでありながら、男・暁のよきライバル。ふみのことを好きになりかけているのに自覚がない暁をどうにかせねばと、わざとふみにちょっかいを出して、暁を嫉妬させたりする。
親友のために当て馬役を自ら買って出るという、ちょっとねじれた優しさは、まさに大人の余裕…とか思っていたら、なんだか金石もふみのことが気になりはじめているような。ミイラ取りがミイラになっている。一見チャラくて、要領がいいように見えるが、実は彼もまた不器用な男なのだ。

 そう、この作品には、わかりやすく不器用な王子様と、ひそかに不器用な王子様のふたりがいるのである。
全体的にマイペースで、口も悪くて、恋愛ベタの暁と、誰とでも表面上はうまくやれるのに、実は孤独な金石。人気小説家とその担当編集、という社会的立場を取り払ってしまえば、そこにいるのは、恋に右往左往している不器用男子ふたりである。

 大人だって悩むし、迷うし、すっ転ぶ。ふみもやがては気づくだろう。ものすごく大人だと思っていた人たちが、案外そうでもないことを。でも、そこがいいんだけどね!
大人のダメなところ、不器用なところにこそ、恋の旨味があるのだということをふみはこれから徐々に学び、大人読者であるわたしたちは再確認する。この「再確認」を楽しませてくれる仕掛けがある限り、わたしたちはいつまでだって少女マンガに萌えられるだろう。

Text/トミヤマユキコ

次回は <尊敬できる女、A子さんこそ“天然モテ”なのだ『A子さんの恋人』>です。
ハッと振り返ってしまうほどの男前モテ男子「A太郎」と、理知的で意地悪いのに恋人のことを甘やかしてくれる「A君」、ふたりの恋人の間でゆれるのは一見モテ要素とは程遠い地味で普通なA子さん。彼女が求愛を受けるのは尊敬できるからこそ!?地味女子に学ぶモテの極意とは…。

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ライタープロフィール

トミヤマユキコ
ライター・研究者。早稲田大学非常勤講師。
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