「価値観が合う相手」を真面目に考えない女は幸せになれない

趣味が合うなんて脆い関係

さぁ、今日もカフェでかかってそうなボサノヴァカバーを聴きながら、本当の恋愛の話をしようか。

趣味が合う。これは人間関係において強力な磁力を持っている。

男女関係の取っ掛かりとして、「趣味が合った」というパターンは多い。
ベタベタだけど特定のミュージシャンが好きだったりさ。
そりゃ話が合えば、話も盛り上がるから、一緒にいて気持ちも高揚するだろう。

俺はこれらを取っ掛かりにした恋愛を否定するつもりはないけれど、それが「長期的な良い恋愛につながること」との関連性は疑わしいと思っている。

極端な例を言うと、「女を落とす」男目線では趣味が重なる部分を意識的に拡大して強く押し出したり、女の子の好きなものに興味を示したかのように振る舞うことだってある。自分の本音とは関係なく。
そこで「気が合う」なんて思ってしまったら男の思うツボだ。

もっと健全なノリであっても、特定の対象を共通の趣味にした場合には弱い。
具体的な対象には飽きがともなうでしょう。
二人をつなげる継続的な要素としては決定的なものではない。

ざっくりと語ってしまったけれど、趣味が合わなくなったから別れるという短絡的な話をしたいわけではない。
自分自身を振り返ったときに、異性との良い関係の構築に趣味が合うこと自体は、本質的ではなかったという話だ。

本当の意味で<合う相手><合わない相手>は何か?について今日は考察しよう。
短絡的な目線での趣味/興味/気が合う、という発想からの脱却。