もし今の夫を誘ったとしたら…

実際に店に入ると彼は「噂の店にようやく来れた」とテンションがあがっていました。わたしは二回目かつ、数日前に訪れたばかりなので、店に対するトキメキこそありませんが、おつまみに何を頼んでも遠慮することないし、何杯飲んでも気兼ねすることもなくおかわりが出来る。一杯780円のビールだと「もう一杯頼んでいいかな……でも……」となるところが、「お冷、お願いしま~す!」と、ほぼ同じ感覚でビールが頼める、酒飲みにとってはこれが大事。しかもラブホテル街も真裏というナイスシチュエーション。最高か!というわけで、非常に盛り上がったデートになったのでした。

さて、それから十数年。たぶん今、夫を「たまにはあの、ビールが100円でお馴染みの例の居酒屋行かない?」と誘ったならば、「えー。せっかくなら、もっといい店行こうよ」と返ってくると思います。付き合って結婚して生活を共にする中で、何度も外食をしているうちに、わたしも夫もすっかりと、ムーディーな店や、多少お高くても美味しい店に行くふたりに変化したのです。けれどもビールが100円でお馴染みの例の居酒屋で、笑い転げながら安い酒を飲んだ日があったから今があるし、なんなら根っこはまだそこにある。

Text/大泉りか