最初に、ちょっと言いづらいことを告白する。実は私、「被害者に寄り添う」のがそれほど得意ではない、という自覚がある。もちろん、自分に被害を打ち明けてくれた人を目の前にして「あなたにも悪いところがあったんじゃない?」なんて言ったことはないんだけど、加害者側にも何か事情があったのではないか、被害報告だけを鵜呑みにしていると何かを見失うのではないか、みたいなことはいろんなニュースを目にしながらつい考えてしまう。
でも、最近こういう自分の思考を思い直したというか、少なくとも現実に被害者がいる状況では、そういう態度は決してオープンにすべきではない(今までももちろん、オープンにしていたわけではないんだけど)。ただでさえ追い詰められている被害者をさらに責めることになるし、現実に被害者がいる場合は、まずは彼らの口を塞がないことを最優先に考えなければいけない。
その代わり……というわけでもないんだけど、現実に被害者がいない場合は、つまりフィクションであれば。倫理的にNGな人間に「わかる!」と遠慮なく共感したり、加害者側にも何か事情があったのではないか、と推しはかることもアリではないかと思っている。というか、現実社会の倫理観では掬ってもらえないものについて思いを巡らすのが、フィクションではないだろうか。
そんな前置きをしたところで、今回扱うのはジョン・アップダイクの『走れウサギ』だ。
最低男が主人公の『走れウサギ』
アップダイクの『走れウサギ』は、ストーリーがまあまあひどい。簡単にあらすじを書くと、主人公は、高校時代にはバスケットボールの花形選手だったけど今は何の変哲もない台所用品のセールスマン、26歳既婚男性の”ウサギ”。ウサギには幼い息子がおり、妻のジャニスは第2子を妊娠中だ。なのにあろうことか、ウサギは妻の妊娠中に別の女性と浮気をし、その浮気相手を妊娠させてしまう。こんな最低男が主人公の話が読めるかい! と思うかもしれないけど、『走れウサギ』、読んでみるとやっぱり面白いところがあるのだ。
前回のレイモンド・カーヴァーの短編集の話も、女性の視点から見ると、100%男の都合で動いているただのひどい話である。だけど、人生が安定して幸福になっていく過程にむしろ絶望を覚える感じ、私にはとてもよくわかる。『走れウサギ』も同じで、妻の妊娠中に浮気相手を妊娠させる男など言語道断、「最低」以外の何者でもないんだけど、スーツを着たまま子供たちに混ざってバスケットボールをしているウサギは、本当に生き生きしている。元花形選手の実力そのままのプレイを披露し、チームメイトの子供に「すごいぞ、神様」と声援を送られ、そのことに喜びを感じる。バスケが好きで、だけどそれは昔の話で、今はしがない台所用品のセールスマン。
「俺の人生はなんなんだ、どうしてこうなったんだ」と出口を見失うウサギの閉塞感は、女性だからといって、共感できないってことはないんじゃないか。まあ、出産して間もない妻を無理やりセックスに誘ったり、それにしたってひどいやつなんだけど。
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