「声を出さずに上げるSOS」は日常のいたるところに存在する?そばにある不気味な穴

「#SignalForHelp」というハンドサイン

by Macro.jr

見ていてあまり有益なことはない(と、わかりきっているのになんだかんだで見ちゃう)Twitterで、先日久しぶりに、めちゃくちゃ役に立つ情報がリツイートされてきた。カナダ女性財団などが推奨する、#SignalForHelp(助けてを伝える合図)」というハンドサインのやり方である。このハンドサインを使うと、道ですれ違った人に、窓の外にいる人に、あるいはZOOMなどで会話している画面の向こう側の人に、声を出さずに「助けて」とSOSを出すことができる。新型コロナの終息が見えない中、家庭内暴力に晒されるリスクが増えたことから、世界共通の合図として考案されたらしい。

ハンドサインのやり方は、まず相手に片手の手のひらを向け、親指を折り曲げ、次に残りの4本の指を折り曲げるというもの。「#SignalForHelp」とかでTwitterやYouTubeを検索すると動画がたくさん出てくるはずなので、詳しくは検索してみてほしい。自分がいざというときに使うのはもちろん、相手から万が一緊急でSOSが出されたときに見逃さず適切な対処をしたいから、この知識を持っていて損になる人は世界中にほとんどいないはずである。

声を出さずに上げるSOS――「#SignalForHelp」はあくまで、現実的な加害行為に対する緊急時のサインだ。ただ、これを見ていてなんとなく、私はある短編小説を連想してしまった。レイモンド・カーヴァー『愛について語るときに我々の語ること』の中に収録されている、『出かけるって女たちに言ってくるよ』だ。

「声を出さずに上げるSOS」が敷き詰められている小説

『出かけるって女たちに言ってくるよ』は、レイモンド・カーヴァー『愛について語るときに我々の語ること』に入っている、17の短編小説の中の1つである。主人公は、ビルとジェリーという、友達同士の男性2人。この2人は、小学校・中学校・高校と同じ学校に通った旧知の仲で、学生時代は一緒につるんでやんちゃもしたが、今はお互い結婚し子供も生まれ、休日には家族同士で交流しBBQをしたりする。小説の冒頭では、そんな2人とその家族の、幸せな、順風満帆な、休日のあるひとコマが描写されている。

子供たちをプールで遊ばせ、妻たちが片付けものをしているところで、ビルとジェリーはリクライニング・チェアに座り、のんびりとビールを飲んでいる。しかし寛いでいるところにジェリーから「ひとっ走りしないか?」と提案があり、ビルは「いいねえ」「女たちにちょっと出かけるって言ってくるよ」と、その誘いに乗る。ジェリーが運転する車で家族のもとを離れた2人は、ボーリングに行ったり、ハイウェイで見つけた2人組の若い女の子をナンパしたりと羽を伸ばすが、小説の最後には、ちょっとショッキングな結末が待っている……と、そういう話だ。

「ショッキングな結末」については実際に読んでみてほしいので詳しくは触れないが、幸せな、順風満帆な家庭を築いていたはずのビルとジェリーは、ここで大きく足を踏み外してしまう。私が「#SignalForHelp」のハンドサインを見てこの小説を連想したのは、『出かけるって女たちに言ってくるよ』が、明確には書かれていないものの、無数の不穏なサインを行間から読み取ることができる、すごく不気味な小説だからだ。ビルあるいはジェリーの、まさしく「声を出さずに上げるSOS」が、そこらじゅうに敷き詰められている(まあ、もちろんだからといって女性に加害行為を働くのは筋違いだけど)。