それなりに楽しいし納得しているが、「女性」という生き方を理解できない苦しさ

「女性」である自分の立ち振舞い

by Jonathan Daniels

もう何年も一応女として生きている訳なのだが、女ってつくづく面倒だな、と毎日のように思う。ご存知の方も多いかもしれないが、私は自分の性別があまり好きではない。いや、納得はしているし、それなりに楽しんではいる。化粧もファッションも好きだし、おそらく女にしか見えないのだろうが、自分の性別についてどこか理解できない部分がある。

その、自分の性別に対する捉え方が原因なのかもしれないが、私は自分の、社会での立ち振る舞いがわかっていない気がする。特に、自分を女性として認識せざるを得ないとき、性別と社会のつながり、人との関わり方、自分を取り巻くありとあらゆる出来事との適切な距離の取り方がわからない。

例えば、前に勤めていた会社で男性社員から何度もしつこく連絡が来たり、待ち伏せされていたことがあった。やり取りをすべてプリントアウトし、社長に相談をしても「それって気のせいじゃないの?」と言われたことがある。あれ、そうかもしれない。私の勘違いなのかもしれない。だって、女性社員なら他にもたくさんいる訳で、わざわざ私を選ぶ必然的な理由があるのだろうか。私が、自分の女性的な部分に価値があると取り違えて判断を誤ってしまったのかもしれない。

部長からセクハラ発言をされたときも「私は気にならないけどね」「そういう人じゃん?」と言われたし、私のプライベートについて色々言いふらされていることを相談したときも「仕方ない」「我慢していれば収まるよ」と言われた。そうかも。考えすぎているだけで、聞き流せばいいだけなのかもしれない。私が被害者ぶっているだけで、大げさなのかもしれない。人から「メンヘラ」とか「面倒くさい」とからかわれるのも、私のこういうところが原因なのかもしれない。

DVも同じだ。私は父親からずっと暴力を振るわれてきたのだが、それだって「教育の一環」「父親なりの愛情表現」と言われれば、なんとなく納得できてしまう。私の生活費や教育費を出したのも彼だ。我慢していれば最低限度の生活はできる。まあ、その後に離婚していたのだが……。

先日、同僚に怒鳴られたのも「どっちもどっちでしょ」「いつまでも引きずっているのも変じゃない?」と言われた。そうなのだ。私は絶対に許す気はないが、もともとの原因を作ったのは私だ。それも一理ある。詳しいことは分からないが、他の社員と給与差があるだろうこともなんとなくわかる。でもそれは、私が女だからという理由ではなく、100%のパフォーマンスで仕事ができなかっただけで、社内評価や昇給のための努力ができなかったからだ、と。

セクハラ発言やプライベートを言いふらされたこと、DV、怒鳴られたこと、低い給与、どれも私の勘違いかもしれないし、大げさに考えすぎなだけかもしれない。けれど、もし私が男性だったら……? と思ってしまう。何度も言うが、男性だって男性特有の悩みがあるのは承知しているし、どちらが大変か比較するつもりはないが、今私が直面している問題は、私の女性性が根底にあるものなのだ。