交渉はタダ!企画とは通らないではなく通すもの『This!』編集部インタビュー第2回

This!編集部員(左から小林、金城、前列濱谷) This!編集部員(左から小林、金城、前列濱谷)

昨年11月13日に創刊した小学館のファッションカルチャーマガジン『This!(ディス)』。漫画、書籍、演劇など、ファッション以外のジャンルも幅広く扱う雑誌(ムック)です。同誌は、それぞれヒット作品を持つ女性編集者3人が、20代から30代の女性が本当に読みたいものを届けたいという思いで、所属部署の垣根を越え、各自の得意分野の企画を持ち寄ることでつくられています。

 そんな一大プロジェクトを実現させた彼女たちに創刊の裏側を尋ねたインタビュー第1回「やりたいことをやりたい女子へ! まずは「数字」と「好き」を探そう」では、客観的なデータを大事にしつつ「好き」を仕事にするのが、成功の鍵かもしれないという話に。ただ、多くの苦難を越えてまで実現したいと願う “本当に好きなこと”って一体どういうものなのでしょうか。第2回ではさらに詳しくお伺いしました。

死ぬほどやりたい企画なのか? 勝算があるからやりたい企画なのか?

――『This!』は、編集部員それぞれの「好きなことを仕事にする」が体現されている雑誌だと感じます。ただ実際には、その第一段階の「企画を通す」というところにつまずく人も多いように思うのですが。

金城小百合さん(以下、金城)

そうですね。私は転職したばかりということもあり、本業『スピリッツ』での企画の通し方が分からず悩んでいた時期がありました。そのことを小林(『This!』編集長)に話したところ、「なんで悩むの? 企画というものは通すものだよ」と返されたのが衝撃的で。その言葉に励まされて、さらに2、3回出し続け粘ったら、最終的には連載に至りました。

濱谷梢子さん(以下、濱谷)

「通すのが企画」、と小林はよく言っていますね。彼女は名言が多くて、ほかにも「それは土下座してまでやりたいことか」というのもあります(笑)。上司に土下座してたのみこんでもやりたい企画であれば実現させるべきだし、土下座をしてまでやりたいとは思えないなら、そもそもそれはいい企画じゃないんだって。

小林由佳編集長(以下、小林)

「土下座」なんて言ったっけ?(笑)私の場合、自分のセンスをあまり信用していないから、データを調べることで企画に自信をつけていきます。やりたいことを実現するためのコストや、過去の類似作の売上データなど、“数字”を把握することで「これならいける!」と自信をつけていくんです。

濱谷

「好きを仕事にする」といってしまうと、情熱だけで動いている編集部のように受け止められるかもしれませんが、勝算もシビアに求められます。「絶対この企画がやりたい!」というとき、そう言える根拠はどこにあって、この記事があれば絶対この本を買う!という人がどのくらいいるか説明しなければいけないんです。

小林

それはそうですね。でも究極を言っちゃうと、『This!』編集部では、明確な勝算がなくても、土下座してまでやりたい企画ならOKっていう気持ちはあるかも…(笑)。例えばふたりが依頼したい作家さんが編集長の私にはピンとこなかったとしても、それほどまでに推す思いがあるならいいのかなって。

「…とはいえ、いかかでしょう?」の取材交渉術

――データを根気強く調べたり、「好き」への情熱を持続させたり、「企画を通す」こと1つとっても粘り強さが必要なのですね。

濱谷

そうですね。今回小林と金城と一緒に仕事をして、ふたりがとにかく「絶対に諦めない」のがすごいと思いました。『This!』創刊号で「あこがれの仕事につく100人の図鑑」というアンケート取材の特集がありますが、実際には200人以上に依頼しています。有名人や一般の方、国籍なども問わず幅広く取材しましたが、少なくとも3回断られるまでは同じ人に依頼するんです。そんな風に粘り強く交渉していると、先方から「今回はダメだけど、次は絶対協力したい」と言って頂くケースがでてきて、感動しました。「そんなに言ってくれるなら」って。

小林

でも、断られるのが3回目ともなると、さすがに不安になります。それで金城に「どうかな、やっぱりやめようかな」と相談したら、「でも、交渉するのはタダだよ」って言うんです(笑)。

金城

何度断られても、「…とはいえ、いかかでしょう?」を合言葉に決して諦めませんでした(笑)。小林も持ち前の粘り強さで、かねてより念願だったという今田耕司さんに漫画作品をレビューしていただく企画を今回実現していました。

濱谷

その取材には私も立ち会ったのですが、初めてお目にかかる今田さんに対しても、実際のサイズで作ってきた見本を見せながら説明したりと、とても積極的でした。そうするうちに、今田さんの表情が生き生きとしてきて…そういうことが今回の創刊の過程で何度もありました。

仕事とは「企画を実現する」までが半分

――「企画を通す」、「企画を通して実現する」の過程でずっと情熱が行動として途切れない。それこそ、「本当に好き」だという気がします。

金城

それだけ真剣に向かい合ったので、出版直後は本当に疲れ果てて燃え尽きました。『This!』を見るのも嫌だというぐらい(笑)。

小林

私も、終わった直後は朝なかなか起きられなかった。でも、糸井重里さんがツイッターで「人は仕事をするためには休まないといけない」というようなことをおっしゃっていたので、休んでもいいかなと。自分を振り返ってみても、『おじさん図鑑』など気合い入れた本を作った後は、よく休んでいます。

ただ休んだ後は、こうしてネットの媒体に取り上げていただくようにPRをしたりと、本をつくった後もすごく大事だと感じています。

金城

PRは本当に大事ですよね。今、担当している『プリンセスメゾン』という漫画があるんですが、絶対に面白いし、たくさんの人に読んでほしかったので、たとえば漫画書評家の方に献本した後、電話でも追いかけて「○○で取りあげてください!」とお願いしました。「そこまでお願いしてくる編集者は初めてだ」と驚かれましたが、ご紹介くださって。「でも、このやり方は1回だけだぞ」って言われました。ブルボン小林さんですが、すごく感謝してます。そこまでしたくなるぐらいの心からの自信作だったということがあります。

濱谷

仕事って企画を実現するまでが半分で、そこからそれを世の中にどこまで広げるかがもうあと半分なのだと実感しています。本をつくるなら、製作に費やしたエネルギーと同じぐらいの熱量で、世の中に広めたいと思うような本をつくらなければと思います。

【プロフィール】
小林由佳さん(こばやし・ゆか)さん
1980年生まれ。山と溪谷社を経て2007年小学館入社。児童・学習編集局 図鑑百科編集室所属。
<主な担当書籍>『あたらしいみかんのむきかた』(岡田好弘 作・神谷圭介 絵)、『おじさん図鑑』(なかむらるみ/絵・文)、『図鑑NEO花』、『図鑑NEOポケット植物』以上、小学館。『おとなのおりがみ』(山と溪谷社)。

濱谷梢子(はまたに・しょうこ)さん
1979年生まれ。リクルートを経て2007年小学館入社。女性誌局編集部を経て、現在は広告局所属。
<主な担当雑誌>『Oggi』(編集部、後に広告担当)、『AneCan』(編集部)、『Domani』(広告担当)以上、小学館。『ゼクシィ』(編集部、リクルート)。

金城小百合(きんじょう・さゆり)さん
1983年生まれ。秋田書店を経て2014年小学館入社。第三コミック局 ビッグコミックスピリッツ編集部所属。
<主な担当漫画>『アイアムアヒーロー』(花沢健吾)『プリンセスメゾン』(池辺葵)以上、小学館。『cocoon』(今日マチ子)、『花のズボラ飯』(久住昌之 原作・水沢悦子 漫画)以上、秋田書店。

Text/皆本類

※2016年2月22日に「SOLO」で掲載しました