「粋」なファッションは、姿勢にも影響する。自由に買い物できる日まで『着せる女』を読もう

ファッション Artificial Photography

「三十歳になったら、バーキンを持つんだと思っていた」と、かつて雨宮まみさんが『東京を生きる』で書いていた。たしかに私も今よりもっと若い頃、バーキンとまで言わずとも、年齢を重ねたら靴もバッグもそれなりに高価なものを使っているもんだと思い込んでいた節はある。しかし現実はというと、最近33歳になった私がいちばんよく使っているバッグのお値段、なんと4000円である。

いや、これは決して、私がド貧乏だからというわけではない。10万も20万もする高価なバッグを買う余裕があったら、私は航空券を買って、どこか遠くへ旅に出たいのだ。と、まあ言い訳はしてみるものの、航空券を買った上でなお高価なバッグを持っている素敵な女性もたくさんいることは知っているので、やっぱり私にそこまでの余裕がないのは事実なのであった。ちっ、宝くじ当たらないかな~。

そういうわけで、ブランド物の靴やバッグやワンピースの話になると「へぇ〜」とてきとうな相槌を打ちつつ眠くなってしまう私である。しかし、内澤旬子さんが『着せる女』でおじさんたちに高級スーツを着せまくる様子を読むのは、なんとも楽しい体験だった。

見栄をはるためのお洒落ではなく、「粋」なものとしてのお洒落

『着せる女』は、「服を買いに行く服がない」と宣うお洒落に自信がない(というか、そもそもお洒落にあまり興味がない)中年男性たちを、内澤旬子さんがバーニーズニューヨークのスーツソムリエ・鴨田さんの力を借りて変身させていくエッセイだ。

登場するスーツはバーニーズニューヨークで売っているようなものなので相当に高額なのだが、ビーサンを履いたノンフィクション作家の高野秀行さんや、謎のくすんだタートルネックを愛用している作家の宮田珠己さんがBefore→Afterで変身しているカラー写真を見ると、「やっぱり、高いものには高いなりの理由があるんだな……」とため息が出る。私は女性なのでメンズスーツの知識はまったくないし、自分が「着せる女」としてパートナーや知人友人男性にスーツを着せる機会も訪れなさそうなのに、なぜこんなにも読んでいて気分が高揚するのだろう。

本書で変身を遂げるおじさんたちの多くが、普段はブランド物にもお洒落にも興味がない人たちであることが、逆に新鮮で心に響いたのかもしれない。おどおどしながらバーニーズニューヨークのドアを潜って、ロクな違いもわからぬまま、ただ著者の内澤さんとスーツソムリエ・鴨田さんに言われるままに、試着をさせられるおじさんたち。しかし試着室から出ると、それが見違えるようにカッコよくなり、自然と背筋も伸びているのだ。

私はブランド至上主義ではないけれど、細部までこだわって作られた高級なものは、人の立ち振る舞いや姿勢にも影響を与えるのだと知る。もちろん、登場するスーツも小物も高額なので、これを読んですぐにバーニーズニューヨークに駆け込むわけにはいかない。でも、見栄や体裁のためのお洒落ではなく、「粋」なものとしてのお洒落がどういうものであるかーーその原初的な喜びを、読者にも共有してくれるのだ。