好きなものがあることは誇らしい

もちろん、それが偉いとか偉くないとかそういう話をしたいわけじゃない。けれど、自分が生きていくうえで糧になるほど夢中になれるものを見つけることも、運命や才能みたいなものが必要なのかもしれないと思う。本当に好きになれるものを見つけ、愛情を継続的に注ぎ込めるのは何かに選ばれたような、数少ない人なのだろう。私にとっては当たり前のことであって、全く意識していなかったけど。

たまに、「自分の好きなものに出会うことがなかったら?」という妄想をすることがある。どんな人生になるのかまったく想像できないし、今以上につまらない毎日になりそうで、考えるだけでもぞっとする。死んでいたかもしれない。趣味や好きなことは私の人生と言っても過言ではないのだ。だけどその代わりに、人間関係を大変疎かにしてしまっていて、そのツケが年齢を重ねるごとにどんどん重くなっている気がしている……。

結婚、出産、車やマンションの購入。人生の階段を着実に駆け上がっている周囲の自立しきった友人たちを見ていると、たまに自分が情けなくなる。好きなものを好きでい続ける生活が中学生くらいからずっと変わっていないからだ。周囲の環境に変化はあっても、精神年齢を含めた自分のなかの時計の針がまったく動いていないような気がして、恥ずかしく思っていた。その思いは私のなかからすべてなくなることはないれど、結局は自分の持っていない人のものが羨ましく感じられるだけだ。そうそう。だって、そんな私も羨ましがられることがあるし。

大したことのない、なんでもないような自分の持ち物が、人からすれば手に入れづらいものであることもあるようだ。なかなか気づけないだけで。

そう思うと、もう少しだけ胸を張ってもいいような気がしてくる。好きなものをちゃんと好きだと思えることは、誇らしく、そして私にとって今以上に大切にすべき感情なのだ。

Text/あたそ

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