
「ちょっと痩せました?」と、久しぶりに会った知人に言われたとき、私は「え~うれしい!かわいくなったってことですか?」とおどけて見せた。実際のところ、年中痩せたいと思っているのに体重は微動だにしないし、相変わらずお酒も好きで、先月も記憶をなくして気がついたら自宅の布団で気絶していた。年月だって経過しているから、着実におばさんに足を突っ込んでいる。でも私は、相手の褒め言葉を素直に受け取る。そして、痩せてかわいくなったと、ちゃんと本気で思い込む努力をする。
ずっと、女でいることが怖かった
先日から、ピラティスに通い出した。昔から写真を撮ろうとすると必ず左に身体が傾くこと、反り腰でよく腰を痛めること、インターネットが好き故のストレートネックが気になっていたからだった。ありがたいことに少し昇給し、自分に投資できる額が多少増えたことも理由のひとつとして挙げられる。先生は私と同い年で、ピラティスが好きすぎて30歳を過ぎて退職し、インストラクターになったから今は毎日楽しいと教えてくれた。私の左に肩が落ちまくっている写真を見せたら「身体がひん曲がってますね」と割と辛辣なことをさらっと言う愉快な方でもあった。
昔の私だったら考えられないなと思いながら、鼻から息を吸い、ポーズを取る。ずっと、女でいることが私は怖かった。性自認に違和感はない。それでも私は自分が女を自称していることについて、誰かに対してずっと申し訳ないと思っていた。仰々しいほどに大きく見えるピラティスマシンに乗り、口から息を吐きながら滅多に使わなさそうな筋肉を伸ばしていく。
私の通っているところは少人数制かつ女性専用で、申し込む直前まで戸惑いとなんとなくの罪悪感があった。果たして、「女性専用」を謳うところに私が存在してもいいのか?という、バカバカしいことを考える。どうしてだろう。母親にずっと「ブスだね」と言われ続けてきたからかもしれないし、喧嘩をしたクラスメイトに「〇〇さんはかわいくないから許してあげない」と言われたからかもしれない。子どもの頃、誰かに「かわいい」と言われることはなかったし、同級生から容姿をからかわれることのほうが多かった。考えてもキリがない。色んな言葉や表情が私を少しずつ変化させたのだと思う。ブスはブスらしく身をわきまえて慎ましく生きていかねばならない。卑下して笑いに変え、それでも存在していい居場所をこじ開けていくしかない。だから私はピンクを身に着けないしスカートも履かない。恋愛もしてはいけないし、美容皮膚科にも女性専用ピラティスにも行く資格はない。そう本気で思っていた。
自分を一番馬鹿にしていたのは…
先生の指示に従って、足を宙で90度に浮かせながら、マシンを使って筋を伸ばす。先生は、今更ピラティスに通い出す私を笑ったりしない。プラセンタを毎週打ちに行っている美容皮膚科にも老若男女色んな人がいて、私を気にすることさえもない。今は容姿を含めて私を馬鹿にする人は誰もいなくて、傷ついたりしない。自分を一番馬鹿にして、粗末に扱っていたのは、かつての私だ、と思う。私が私を馬鹿にさえしなければ、自分を女性と認識してもいい世界に行ける。
こんなポーズをしてまじで意味あんのかよ、と思いながら先生と同じポーズを取る。私の歪んだ姿勢は、正しくまっすぐになるんだろうか。言葉や表情や態度を少しずつ変えていけば、いつかそれが本当になる。文章を書くことは自分を見つめることでもあって、私は14年かけてゆっくりと、自分という存在を許せるようになったのだと思う。特に、AMでの私は明らかに浮いていた。性的なコラムが並ぶなか、私は勝手に自分のことを書き続ける。どんな女にでも居場所はあるのだと、教えてくれている気がした。「女はこうあるべき」という枠から少し外れていたとしても、決して否定はされない。それが居心地よく、自由に書かせてもらえたからこそ今の私があるのだと思う。
ピラティスは10回通うと変化がわかるようになるらしいから、あと5回か~。でも、私が他者からの「かわいい」「きれいになった?」という褒め言葉を素直に受け取れるようになったのも14年ほどかかっているわけなので、まあ、あと5回くらいなら気長にやってみようと思う。
Text/あたそ