何をやっても人生が上手くいかないときは『統合失調症の一族 遺伝か、環境か』を読む

おそらくは私の年齢も関係しているのだろうが、ここ数年は「恋愛に興味がない」ことをすごく言いやすい世の中になったな、と思う。10年前にこんなことを言ったら「こじらせてる」だの「すっぱいブドウ」だのと揶揄され、「本当は興味があるはずなのに、手に入らないからいじけている」という方向に意地でも話を捻じ曲げられていた。「1人でいるのが好き」とか「寂しくない」とかも同様で、今言うとわりと受け入れてもらえるけれど、10年前に言ったときは「そんなはずはない」となぜか怒られていた気がする。もちろん私が1人で世の中を変えたわけじゃないが、微力ながら「本当の本当に恋愛に興味がない」「本当の本当に1人でいるのが好き」と言い続けてきてよかったな〜と最近になってしみじみ思う。

そんな私がもう1つ10年前から言い続けてきたこととして、「本人が幸せと思える恋愛や結婚に必要なのは、運」論がある。運という言い方が適切でなければ、「環境」でもいい。もちろんこの主張は、本人が幸せと思える恋愛や結婚に、容姿とかコミュニケーション能力とか自己肯定感とかがまったく無関係であると言っているわけではない。ただ、運とか環境も変数の1つとして、それらと同じくらい人生に影響を及ぼすよね? ということが言いたかっただけなのだけど、私の伝え方が悪かったのか、10年前に言ったときはよく変な顔をされていた。今の世の中だったら、この考え方ももう少し受け入れてもらえるような気がしている。

さて、こんな前置きをしておいていったい今回は何の本を紹介する気かというと、ロバート・コルカー著・柴田裕之訳の『統合失調症の一族 遺伝か、環境か』である。本書は、12人兄弟のうち実に6人が統合失調症になってしまったという家族のノンフィクション。12人の子宝に恵まれたこのギャルヴィン一家は、精神医療研究に多大な影響を与えたとされている。

遺伝が要因なのか、環境が要因なのか

統合失調症は、その発症が遺伝的な要因によるものなのか、環境的な要因によるものなのかが長く議論されてきた。遺伝要因が強いとされた時代もあれば、優生学への反動で、環境要因が強いとされた時代もあったという。12人の子どもを産んだ母親のミミは完璧主義すぎたところもあり、「統合失調症誘発性の母親」として、白い目で見られてしまうこともあったらしい。

議論を先に進めるには、同じ環境のもとで育てられて統合失調症を発症した人間としなかった人間とを、家族の中で比較するのが手っ取り早い。そういう意味において、このギャルヴィン一家が精神医療研究に多大な貢献をしたことが本書には書かれている。が、話としてかなり痛ましい。12人兄弟のうち女の子だったマーガレットとリンジーは、兄たちに繰り返し性的虐待を受けていた。病気にならなかった6人のほうも、自分もそのうち統合失調症を発症するのではないかという恐怖に常に怯えながら暮らしており、その半生が過酷だったことが克明に描かれる。

それで結局、統合失調症は遺伝が要因なのか、環境が要因なのか。本書によると、現在わかっているのはどちらも変数の1つに過ぎないということだけだ。遺伝要因と環境要因が複雑に絡み合い、発症するかしないかが決まる。これがあるからこう! と白黒はっきりつけられるようなものではないらしい。