いつもとは違うよそいきの気持ちで。現実逃避出来る特別な空間

誰かのために花を買うことがとても好きです。あの人は何色が似合うだろう、どんな香りを好むだろう…。そんなことを考えながら選び、渡した人の暮らしが色づく瞬間を想像しては嬉しい気持ちになります。
自分のために買うことも、花が飾られている空間も良いもので、特に訪れた純喫茶のテーブルに花があるとそれだけで穏やかな気持ちに。

新鮮な花の絶えない店内

高円寺・ネルケンの写真 ネルケン

高円寺で60年以上の歴史をもつ老舗名曲喫茶「ネルケン」の店名は、ドイツ語で「たくさんのカーネーション」を意味し、まるで花のように美しいマダムが静かに営む店です。

私はこちらへ行こうと思いついた時、必ず駅前でマダムが喜んで下さりそうな花を何本か買ってから向かうのです。緑色のファサード、入口を囲うように茂る手入れされた植物、少し重たい扉。店内に流れるクラシック、赤いベロアの椅子、光を遮る分厚いカーテン。扉を一枚隔てただけでこんなにも現実とは違った世界が味わえるなんて、と何度訪れても感動してしまう空間。

高円寺・ネルケンの写真 ネルケン

他の人と視線が合わないように、と配慮された座席は段差などにより高さを揃えず、仕切りによって目隠しがされるので落ち着いて1人だけの時間を過ごすことが出来ます。
厳密には私語厳禁ではないのですが、こちらでは誰かと一緒でもそれぞれの時間を楽しむことをお薦めします。本を読んだり、音楽に耳を傾けたり、ただぼんやりとしたり…。

高円寺・ネルケンの写真 ネルケン

そして完璧な空間を作り出すのに欠かせないのはマダムの存在。もし、「憧れる女性は?」と聞かれたなら、真っ先にこちらのマダムが思い浮かぶほど憧れています。
見惚れる程の容姿はもちろん、上品な物腰、センスの良い服装、美しい言葉遣い、真似したい所作。せめてこの空間にいる間だけでもマダムのようにいたい、と少しおすましして過ごしてみるのもこちらへ行く醍醐味かもしれません。

一度訪れたなら必ずや好きになってしまうマダムには今までの歴史の長さと同じく、たくさんのファンがいるようで、定期的に何も言わず入口前に花を置いていく方もいて常に店内は新鮮な花であふれているという話も素敵です。

Text/難波里奈

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※2016年1月22日に「SOLO」で掲載しました