もしもあのとき、違う人生を選択していたら。後悔とは別に、なんとなく「あのときああしていたら/いなかったらどうなっていただろうなあ」と、ぼんやりとでも考えたことがある人は多いはずだ。ブログ出身のライターである私の場合は、「もしもブログが大多数に埋もれ、どこからも寄稿依頼などがなく、ブログ経由の友人もできていなかったらどうなっていただろうなあ」と、ぼんやり考えることがある。最近になって女性向け二次創作界隈という新しいコミュニティの友人もできたけれど、現在の私の交友関係は本業の仕事から私生活に至るまで、元をたどるとほとんどがブログ経由/ブログと紐付いたツイッター経由だ。この部分がごっそり抜け落ちた自分の人生は、今となってはなかなか想像しづらいものがある。
それでもなんとか考えを巡らせてみたところ、もしもブログ経由で思うように人と知り合えていなかったバージョンの私は、超真面目に婚活アプリなどを頑張り、29歳くらいで結婚して、現在は一児か二児の母になっているだろうという結論に至った。私の出身は神奈川県なので超ど田舎というわけではないのだが、それでも東京圏に比べると独身への圧力は強い。もしもブログ経由で人と知り合って東京圏に進出できていなかったら、私はあの圧力に耐えられず、早々に見切りをつけて婚活→結婚していただろうという気がする。そして、29歳で結婚し一児か二児の母になった私も、世の中に不満や疑問を抱きつつも、そこそこ楽しくやっているのではないかという気がする。
今回取り上げたい本は、エルヴェ・ル・テリエの『異常 アノマリー』だ。3部構成になっているこの小説は、第1部で殺し屋、作家、弁護士、カエルを飼っている少女とさまざまな人物が直面している状況を描き、そして、第2部で驚きの展開に突入する。
どちらが本物?自分の分身と出会ってしまう
なるべくネタバレしないように話を進めよう。第1部で登場する人物たちには、実はある共通点がある。2021年3月にニューヨークに到着した、エールフランス006便に搭乗していたことだ。問題は、2021年6月に起きる。3月に到着したエールフランス006便に搭乗していた200人以上の乗客とまったく同じ乗客を乗せたエールフランス006便が、6月に再びニューヨークに到着してしまうのだ。乗客たちは、世界に自分が2人いる状態になってしまった。3月に到着したほうをマーチ、6月に到着したほうをジューンと呼び、政府関係者たちは彼らを区別する。ジョアンナ・マーチ、ジョアンナ・ジューンというように。当然ながら見た目がまったく同じなので、彼ら自身も髪を赤と青に染めたりして、3月に到着したほうと6月に到着したほうを区別しようとする。
自分の分身に出会ってしまうというテーマはいかにもSF的だし、もしかしたらそれほど珍しいものでもないかもしれない。しかしこの小説は、なんだか妙なリアリティがある。世界に同じ人物が2人いるなんて異常なので、できればどちらかに消えてほしいが、どちらが「オリジナル」でどちらが「コピー」なのかは科学者が頭を捻ってもよくわからない。わからない状態でどちらかを消そうと殺害でもしたら人権問題に発展してしまうので、エールフランス006便に搭乗していた人物たちは、もう1人の自分と世界に共存せざるを得なくなるのだ。そして、第1部に登場した殺し屋、作家、弁護士、カエルを飼っている少女たちは皆、それぞれの道を歩み、もう1人の自分がいる世界を受け入れる。
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