世の価値観に惑わされず、好きなように、後悔のないように生きる

また、ひとりでいることへのネガティブな印象がなくなりつつあることにも関連して、恋愛のプライオリティもそれほど高くなくなっている。今の世の中は恋愛をしてもしなくてもいい。そういう世の中になって、私は随分と生きやすくなった。

以前の私は「彼氏が欲しい」だの「モテたい」だの言いまくっていたが、実際に行動に移すことは決してなかったし、「本当は恋人が欲しいけれど、なかなか結果に結びつかない人」を演じることで自分を守っていたのだと思う。恋愛をしない、できないということはそれだけで変わり者扱いされたし、率先して自虐をしておくことで他者からの攻撃からも身を守ることができた。人から馬鹿にされ、哀れな目で見られるくらいなら自らピエロになったほうがマシだったからだ。

恋愛を強制される世の価値観にもっとも苦しめられていた頃、本当に理想の恋人でもできればよかったが、それは私が普通の人になるために他者やそこから生まれる関係を利用しただけになっていただろう。もらったものを何も返せないし、気持ちの分だけ何か行動や形で示すことは私にとっては難しいことだから。

今の私は、本当に恋愛をしてもしなくてもいいと思っている。以前は恋愛だけではなく結婚や出産に対しても明確な意思がない自分がおかしいのだと認識していたし、いつかその考えも改められる日が来るのかもしれないと考えていたが、そうしているうちに世の中が変わってくれた。私が「恋愛をしなければならない」と表向きだけでも考え、演じていたのは「恋愛している人は幸福で、していない奴は不幸」という社会の価値観によるものが大きかったのだと今では思う。別に恋愛だけが人の人生ではない。周りの価値観や評価に惑わされることなく、好きなように、後悔のないようにそれぞれの生活を全うできればそれでいいと思う。

後付けかもしれないが、こんな形で私は主義・主張を変えてきた。多分まだたくさんあるが、やっぱり別に悪いことではないと思う。

世の中の普通や当たり前は、びっくりするくらいの速度で変わっていく。いろんなことが覆るし、自分が年齢を重ねていくなかで多分ずっと若い世代の価値観をまったく受け入れられなくなるときがいつかきっと来る。それが正しい姿だし、その時が来るまで私は自分なりにあれこれ考えながら、今の世の中や今の自分のスタイルに合わせて主義・主張をコロコロ変えていこうと思う。

Text/あたそ