結局、親ガチャじゃん。Instagramで華やかに見える人たちに嫉妬してしまう話

イラストレーターに転身する前の漫画も描けるライターだった副業時代を含めるとフリーランス歴は約7年ほどになるのだけど、この仕事ですっかり生活するようになってから時々あることについて考えるようになった。
私とは違って「アーティスト的」な華やかに活躍している人をインターネットやリアルで見ていると、結局みんなそこそこ良い美術系か私立の大学を出ていて、留学経験なんかもあって、なんだったら親も画家だったり何かしらのカタカナの肩書きがついていたりする。
恐らくそれはごく一部、いやひとつまみにしか過ぎないような圧倒的少数派なのだが、彼らはSNSでとても存在感がある。目立つのだ。おそらく現実でもそうなんだろう。だから目に入ってしまう。
そうはわかっていても、「ああ、結局親に恵まれてないと同じ仕事してても地味で目立たないのか」と半ば諦めモードに入ってしまう。

最近モデルやらディレクターやら、華やかそうな肩書を持つ人のインタビュー記事を読んだり動画を観ていたのだが、インタビュアーが「悩み事はあるか」と尋ねると彼らは「基本そんなに悩まない」と答えていた。あるとしても答えてる悩み事が贅沢なものだ。
ああ、この人たちはそもそもすでに持ってして生まれて人生が始まっていて、それが当たり前に持続できる恵まれた環境と能力を持っているんだなと察した。

つまり彼らは多分、両親の止まない喧嘩を止めるために刃物で脅さざるを得なかったような状況を作らずに済んできたのだろうし、学校の先生に授業料を払うのが難しいのでどうにかできないかと相談しに行ったこともないのだろうし、精神疾患を患って入院したり毎日効果のあるのかもわからない薬を何錠も飲まされてきた過去もないのだろうし、支払い忘れた住民税や国保に頭を抱えるような無計画さとも無縁なのだろうし、就職の仕方もわからなければアルバイトの面接にも受からなくてなんとなく風俗で働いたという経験も味わわずに済んできたのだろう。(これはすべて私のことです)
マイナス50くらいを0まで持ってこなくても済んできたに違いない。
彼らは0か、あるいはそれ以上の状態からスタートしているしそれより下を知らない。きっとそうなのだ。

イラストレーターになってからも思う

イラストレーターという肩書をゲットできるようになってからはこんな私でも、今までだったら絶対無縁だったであろう人と会う機会を得てきた。
でも根暗で元底辺な私はついついネガティブなことを考えてしまう。
「この人たちは私のフォロワーがもしも150人とかだったら、興味も示さないだろう」
「フリーランスでイラストレーターっていう肩書だから親近感から安心して接してくれるだけで、別に絵が良いから会ってくれるわけじゃないんだろうな」
などなど。
こんなことを考えてはキリがないのに考えてしまうのは単純に慢性的な鬱が原因だろう。だから深刻に悩んではいない。でも、自分の何も変わってなさにつらい気持ちにはなる。