• love
  • 2012.07.30

万葉集から学ぶ恋の嗜み(後編)

 前編はこちら

 後編では、穂積皇子は但馬皇女の歌のやりとりをご紹介します。
穂積皇子は前回ご紹介した大伴坂上郎女の最初の夫です。大伴坂上郎女が13歳ごろに嫁いだといわれ、娘以上に年の離れた大伴坂上郎女のことを大変寵愛したのだとか。
 そんな穂積皇子も若かりし頃には、人目をはばかった禁断の恋がありました。お相手は但馬皇女。天武天皇の娘です。ちなみに穂積皇子は天武天皇の息子。母親は違うので、いわゆる異母兄弟。そして、当時但馬皇女は太政大臣の高市皇子の妃であったので、二人は恋に落ちてはいけない関係だったのです。

 万葉集には、但馬皇女が穂積皇子への激しい恋心を詠んだ歌が残っています

皇子を虜にした情熱的な愛の表現

秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛(こちた)くありとも
訳:秋の田の稲穂が片方に傾くように、あなたに寄り添っていたい。たとえ人がなんと噂しようとも。

万葉集 愛 禁断の恋 love
©Couple By mrhayata


皇子を想う気持ちをストレートに表現する皇女。
こうして情熱的に愛を表現できる皇女を皇子は愛おしく想ったのではないでしょうか。

禁断の恋が露見し引き離される二人

遺れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背
訳:一人残されてあなたのことを想っているだけではなく、あなたを追いかけていきたい。道のかどかどに印をつけておいてください、皇子さま。

 これは穂積皇子が勅命により、近江の志賀寺に遣わされし時に但馬皇女が詠んだ歌です。但馬皇女の強い気持ちに周囲が気づき、二人の許されぬ恋は露見。持統天皇の命令により、穂積皇子は志賀の山寺に遣わされ…二人は引き離されてしまいます。しかし、会えなくなっても、皇女の気持ちはますます強く、深くなっていきます。
 会えなくても待つだけでなく、自ら会いに行きたいという皇女。自分の運命は自分で切り開く! というような強い意志が感じられます。相手が自分のことが好きか分からないから…、好きなら会いにきてくれるはず…などと、相手を伺うのではなく、自分の気持ちに正直に動こうとする姿勢を見習いたいものです。

引き離された二人がとうとう再会

人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る
訳:人の噂が辛くても、いえそれだからこそ。生まれて初めて、あの人に会うために冷たい水の流れる朝川を渡ります。

万葉集 愛 禁断の恋 love
©Skating Couple By megawheel360

 この当時は男性が女性のもとへ通うのが普通でしたが、この歌では女性である皇女が皇子のもとに通い、人に気づかれないように明け方の川を渡って帰ったと詠んでいます。
 「会いたい会いたい」と思っているだけでなく、ついに会いにいってしまう皇女。なんて積極的なんでしょう。男性の方から何かアクションを起こしてくれるのを待つ、男性が来てくれるのが普通…そう思いがちですが、自分のために人目をはばかって会いにきてくれる女性のことを愛おしくないと思うわけがありませんよね。
相手が自分のことが好きか分からないから…、好きなら会いにきてくれるはず…などと、相手を伺うのではなく、自分の気持ちに正直に動こうとする姿勢を見習いたいものです。

皇女の死後、初めて皇女への気持ちを公にする

降る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の寒からまくに
雪よ、あんまり強く降ってくれるな。あの人の眠る吉隠の猪養の岡に眠る、あの人が寒いだろうに。

万葉集 愛 禁断の恋 love
©Snow Storm, Dec. 2008 By thisreidwrites

 二人は正式に結ばれることなく但馬皇女が和銅元年(708)6月に亡くなってから、幾月か経た雪の降る日に、但馬皇女が眠るお墓を遥かに見て悲しみ泣きながら詠んだといいます。切れぎれに、心からしぼり出すようにして詠んだ歌に、皇子の深い悲しみと皇女への愛が伝わってきます。
 今までは公では皇女の歌を残さなかった皇子がこうして、悲しみを振り絞るようにして愛を詠む姿に胸をうたれます。立場上、公にすることができなかった想い…。生前にこうして想いを明らかにできなかったことを皇子は悔いたことでしょう。

晩年も消えることなく燃える恋の炎

家にありし櫃に鑠さし蔵めてし恋の奴のつかみかかりて
訳:家にあった櫃に鍵をかけて、厳重にしまっておいた恋の奴が、いつのまにか抜け出して、私につかみかかって、私を苦しめる

 但馬皇女の死後、数十年経ったのち、皇子が宴の席で酔うと必ず口ずさんだといわれる歌です。
 若き日の但馬皇女との恋など、これまでさんざん、恋に悩み苦しみながらも、また恋に囚われてしまったという、穂積皇子の自嘲が感じられます。
 おそらく、若いとはいえ、穂積皇子がその人生の晩年に出会った、 大伴坂上郎女は、打てば響くような才気のある、 魅力的な少女だったのでしょう。
つらく悲しい恋をしても、また恋をしたいというのが人間というもの。穂積皇子は但馬皇女との悲恋をこえ、また晩年に大伴坂上郎女に恋をします。その様子を但馬皇女はどのような気持ちで眺めていたのでしょう。

 残念ながら、但馬皇女と穂積皇子は正式に結ばれることはありませんでしたが、愛が通じ合った瞬間それは公式に認められなくとも、甘く美しい何にも代えがたい時だったのではないでしょうか?
 彼からの愛が足りないと嘆いてばかりではく、但馬皇女のようにもっと積極的に彼への愛を伝えてみてはいかがでしょうか。


Text/AM編集部

関連キーワード

今月の特集

AMのこぼれ話