生き辛さの原因に気づく手立てをもつ

東京大学・出口剛司先生 東京大学・出口剛司先生

――逆行、ですか?

自分の生き方とか人生について深く考えると、「この人、暗いんじゃないか」「そういうことやっても意味ないんじゃいか」って思われたりするじゃないですか。
私は文学部の社会学研究室所属なので、生き方や人生観、歴史、哲学、人間の行動について学んで深く考えていても、これらは財やサービスに変換できないので、「それはあなたの趣味でしょ」「あなたの興味関心で、ここには関係ないから」と価値を認めてもられない社会になっているなと感じるんです。

――すぐ「価値がない」って切り捨てられる感覚、なんとなく分かります。

この本(『〈私〉をひらく社会学』)は、夏目漱石とかフローベールといった小説が素材になっていますが、それらの小説を読めば、みんな気づけるはずなんです。でも、「試験に出すぞ」って言わないとなかなか読まないし勉強しない(笑)。
だから、生きづらさの原因に気づけるような機会をつくることがこれから先大事です。その問題をどう解決していくのかっていうのは、その人の今まで生きてきた歩みによって影響されるし、置かれている状況も違うので、100%共通の答えはないです。ただ、蓋を開けてみれば、ヒントはいっぱいある。

――:ああ……なるほど。ちょっと希望が見えてきました……。

私なんてこういう仕事してますので、自分が高校時代や大学時代にずいぶん本に助けられたこともあります。
もちろん古典的な文学作品だけじゃなくて、映画でもミュージカルでもいい。そういうものに触れて、自分自身を振り返る機会があれば、大学で推奨されてる本じゃなくても(笑)、別にいいと思うんですよね。もっと言えば、人と話すのが一番勉強になりますね。

――それは身近な友人でもいいのでしょうか?

そうです。何気なく友達が言ったことが、実は長編小説と同じぐらい大事なことってありえる話だと思うんですね。だから、自分の中で常にアンテナを持っておくことが大事。「聞く力」というのでしょうか。聞くための姿勢を身につけ、そこから学んで、発見して、自分の問題として引き受ける。
ただ単に、感覚的に楽しいとか、癒されるだけじゃなくて、そのことは自分にとってどういう意味を持つのだろうかという視点で耳を傾けることが、生きづらい時代の原因に気づかせてくれるし、一歩踏み出すときのサポートになってくれるかもしれないです。

――良い!悪い!って瞬発的に、感覚だけで判断してしまっていました…。

現代社会は、つねに人を良い、悪い、価値がある、ないといった基準で評価する社会、いうなれば「隠れるところがない社会」ですからね。いろんな経済的な状況や政治的な状況が関係してるのかもしれないですが、自分ひとりポツンと物事を考えてみたりとか、人の目から逃れられるような隙間のある社会じゃなくなってきたということでしょう。

――つねにSNSなどで人の目に晒されますし、ますます承認欲求も高まる…といった悪循環な状況に陥ってるのかもしれませんね。

承認欲求とか、社会が忙しいとか、業績が求められるっていうのは、必ずしも悪いことではないと思うんです。それがあるからこそ社会は発展していくし、いろんな問題を抱えながらも良くなっていくはずなんですが、それとバランスをとるような領域や世界が必要なんだと思います。
だから、身を隠す空間として、ホストの世界も、歌舞伎町や六本木的な世界があってもいい。そういった外側の世界との境に1つの区切りみたいなものが必ずあって、自由に行き来できることが大事なのかもしれないですね。

【完】

Text/AM編集部

出口 剛司(でぐち・たけし)
東京大学大学院人文社会系研究科准教授。
主な著作:『エーリッヒ・フロム――希望なき時代の希望』(新曜社)、『〈私〉をひらく社会学』(共著、大月書店)、最新刊に『私たちのなかの私――承認論研究』(アクセル・ホネット著・訳、法政大学出版局)がある。