「同じ編集業界のみんなで飲みませんか~!」というお誘いが来たのはとある年の年末。街はクリスマスムードがタップリで、なんだか街全体が浮き足立っている感じだった。このときは、新宿・歌舞伎町居酒屋の個室に案内された。6人が個室の中の「掘りごたつ」というワケではないが、畳があり、テーブルの下に足をおろせるタイプの部屋に入ることができた。
当時僕は28歳。出版業界の若手としてはそこそこ活躍していたと思う(あくまでも自分の無駄に自信がある基準だけど)。男女4:2の会で、左端に座る僕の向かいには、とある女性誌編集者のミホコさんがいた。彼女は34歳だという。
この会でもっとも年下だったのは僕だったのと、「業界の重鎮」的な編集者がいたため、基本的に僕は「なるほど~」「さすがですねぇ!」という合いの手を入れる小僧的な役割に徹していた。何しろ重鎮揃いなのでこうするのが自分の役割なのかな、と思ったのだ。ミホコさんはこの中では2番目に若かった。
会が開始してから約3時間、21時30分の段階で重鎮たちの自慢話が基本線になっていた。そんな状況下、突然掘りごたつの下から誰かの足が僕に絡みついてきた。そして足の甲を踏んできた。一体誰だ? 目の前はミホコさん、その脇はその重鎮。と考えるとミホコさんであることは分かったのだが、彼女は重鎮に対してひたすら「ウン、ウン」といった感じで相槌を打っている。しかし、掘りごたつの下では僕の足と脚をかなり濃厚に絡ませ、踏んでいる。
重鎮4人が口角泡を飛ばし、編集論や出版業界の行く末について議論している中、正直「若手」のミホコさんと僕は醒めていたと思う。そんな状況下、ミホコさんはトイレに行った。すると、僕の携帯電話にメッセージが届いた。
「先程いただいた名刺からメッセージ送ってます。なんだか、エラい人の自慢話ばかりでつまらなくありませんか? 終わる気配もないので、折りを見て抜け出しませんか? 私がまず出ますので、ニノミヤさんはなんか理由をつけて出てきてください。コマ劇場のあたりをブラブラしてますので、外に出たら電話ください」
数分後、彼女はトイレから戻ってきたのだが、「失礼しました」と全員に言い、再び僕の脚に脚を絡ませてくる。彼女は小柄でロングヘアー。この日はエラい人のインタビューがあったとのことで、スーツを着ていた。白いシャツからは時々ブラジャーの形が少し透けて見えており、これにはドギマギするしかなかった。
飲み会を抜け出す二人
そして、会話が一瞬おさまった瞬間、ミホコさんは「すいません! 私、今から編集部に戻らなくてはいけなくなりました! 連載を頼んでいる○○さんが激怒している、と先ほど副編集長から連絡がありまして……」と言い、その場を去った。その10分後、僕の所に電話が来た。
「申し訳ありません! うわぁ、やらかしてしまいました! 本当にごめんなさい。どうすればよろしいでしょうか! はい、ちゃんと今から対処します!」
僕は電話を受けながらペコペコと頭を下げ、こう言った。実はミホコさんからは「緊急事態風の電話をかけるから、ニノミヤさんは適当に“トラブルに巻き込まれた風”に私と電話して」とメッセージで伝えられていたのだ。
重鎮たちは「どうしたの?」「夜にトラブル発生ってよくあるよね」「ヤバいんだったら行きなよ」などと言ってくれ、僕は「ごめんなさい。せっかくの貴重な会なのに」と言いながら5,000円札1枚を置いていった。
そこから外に出てミホコさんに電話した。
「ミホコさんのおかげで無事外に出られましたよ。皆さんまだ激論中です。コマ劇場前に行けばいいですか?」
かくして我々はコマ劇場前で会った。
「ニノミヤさん、さっき私がずっと足をあなたに絡ませていたの分かったでしょ?」
「そりゃそうですよ。嬉しかったですよ」
「普通、あんなことをすると若いコはギョッとするけど、ニノミヤさん、動じなかったわよね」
「いや、ただただ気持ちよかったんで、動じるわけないじゃないですか! ずっとそうしてもらいたかったですよ」
「ふ~ん」
ここで我々の間には微妙な間ができた。そして彼女は北の方に目をやった。
僕はこの「北の方に目をやる」を勝手に「歌舞伎町の北側にあるラブホテルに行かない? と誘っている」と解釈した。女性に思わせぶりな態度を取らせまくったなら、男がやるべきはキチンと己の気持ちを伝えることである。
「あ、あのぉ……、ミホコさん、今からあっちの方のラブホに行きませんか? さっきの脚の絡みで本当に興奮してしまいまして……」
ミホコさんは僕の手を握ってきて「いいわよ。行こうよ、ニノミヤさん」と言った。
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