なぜセックスにおいて股のしまりが求められたのか?

春画渓斎英泉《閨中紀聞/枕文庫》1822-1832年

江戸期の性典物を読むと、セックスにおいて「よい男性器とはどういうものか」や「よい女性器とはどういうものか」という内容が書かれている。

たとえば渓斎英泉《閨中紀聞/枕文庫》の第二編には、男根をしめる女性の性器は美品であるということが記されている。また他にも、まるで巾着袋のひものように男性器を根元からグッとしめつける性器を「巾着陰門(きんちゃくぼぼ)」と呼び、セックスにおいて(男性が)気持ち良いと感じる性器を紹介していた。女性器に対して締まりのよさを求めることに疑いの余地ないことが分かる。

春画渓斎英泉《閨中紀聞/枕文庫》1822-1832年 紹介した以外にも広い女性器が新開のようになるレシピが様々ある

「日本では昔からセックスにおいて締まりのよい性器が求められたのか、なんてこった!!」と感情が高ぶった読者さんもいるかもしれないが、これらの考えが一体どこから来たのかを考えなくてはならない。

わたしたちがシャワーのように浴びている価値観は突如として奇跡的に生まれたものではないのだ。そしてそれは時代が異なっても同じなのだ。ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「サピエンス全史 上」によると、想像上の秩序(常識的に考えて〇〇は××だ!の「常識的」の部分)とは多くの個人の主観的意識を結ぶコミュニケーション・ネットワークの中に存在し、それはたとえ一個人が信念を変えたとしても変わらずそこにある意識のことを指す。それは世の中に非常に大きな影響を与える。

「きついおまんこが気持ちいいんだ」というバイアスに捕らわれている人はいないだろうか。「そもそも締まりの良い女性器」というが、その締まり度合いを測定してその基準をクリアした性器だけを「しまりが良い」と評価するのだろうか。つまり、想像上の秩序が私たちの欲望を形作るようだ。

(※骨盤低筋トレーニングなどは自分の身体と向き合うために必要だと思うが、今回のわたしの伝えたいこととは全く該当しません。また、6世紀末から数百年前の書物の内容が科学的に有効か証明されていません。)

処女のような股は「若さ」の証?

春画渓斎英泉《和合淫質録(わごういんしつろく)》1825年頃

この江戸期に伝わる「処女のような陰部を手に入れる方法」は他国から入ってきた性典物や医書の内容が日本で引用されることにより、広く伝わっていった。

「無限のエネルギーは天地間の自然現象であり、小宇宙の人体の生命現象もこの自然現象の時系列的現れとして認識されるべき。」という古代中国の生命観から、男性を「陽」、女性を「陰」と相対とし、互いに補い合うという考えは江戸期の性典物でも重要とされた。そして、季節に応じて陰陽の原理が閉ざされないように新陳代謝を良くし、精気を体内に蓄積することで不老長寿が達成されるとし、その陰陽の男女の互いの気の取り入れ方を古代中国の「房中術」から参照していた。

また、隋や唐の時代の医書約200部を引用して書かれた医書である『医心方(いしんほう)』が日本には存在する。これを項目別に改編したものが『医心方』巻第二十八の「房内部」なのだが、その書には男性のパートナーにふさわしいのは、初潮が来た頃から18~19歳までの処女であり、そして未産婦の30歳以下でなければならないという内容も記されている。
つまり、処女という若いエネルギーは「不老」の証であり、その生気を得られる男性は不老不死である仙人に近くなるそうだ。

春画渓斎英泉《和合淫質録(わごういんしつろく)》1825年頃

そして医書『医心方(いしんほう)』では、毛がない女性器を持ち、声はオクターブの高い声の女性が好まれると書かれている(なぜパイパンが求められたかの理由は研究者もわからないようだ)。他にも「女の玉門(ぎょくもん)をして小ならしむる方」、つまり古代より狭い膣が求められてことがわかる。全体的に「若さを感じる女性の身体」が男性に求められていたようだ。それは生物的な本能なのか?

この『医心方』は日本にも伝存する最も古い医書なのだが、「春画―ルの「医心方」の解説だけ読むと、その書は男性優位に書かれていないか?」と疑問を持った方がいるかもしれない。確かに『医心方』の研究者による解説には「男尊であり、とくに書に断りがないときは男性側に立って述べられている」と記載されている。飛鳥時代から平安時代に伝わった『房中術』の内容がそのまま江戸期になっても書にされているのだから、長く伝わったものだ。

「女性器のしまりが良いこと」や「女性器に毛がないこと」などは生物学的根拠から生存に優位だったと言えるのであろうか? それとも医書という名のもとに生物学的な神話を使って人々が正当化しようとした文化的概念や規範のミルフィーユなのだろうか? ユヴァル・ノア・ハラリ氏の言葉を借りれば「確固たる生物学的基盤を欠いたまま、社会は数多くの特性を男らしさや女らしさと結びつける」のだろう。

石榴の皮と菊の花びらで膣が処女のようになるわけがないのだ。しかし重要なのは、社会の意識がそれを求めたという事実ではなかろうか。そして、その意識はわたしたちが生まれるずっとずっと前から続いているということを忘れてはならないのだ。

今回の長い長いコラムを読んでくれてありがとう。

《参考文献》
ユヴァル・ノア・ハラリ 『サピエンス全史 上』河出書房新社
『医心方』至文堂

Text/春画―ル