女性向けのエロの先駆者

 前節で先走ってしまったが、この記事を書くにあたって参考にしている本は、妙木忍『秘宝館という文化装置』である。
この本のテーマは「模造身体」、つまり人間の身体をまねて作られた人形の系譜や、その身体が観光の対象になっていく歴史を明らかにしようとしている。

 もちろん、このテーマも社会学的に興味深い。
しかし、私がより関心をもって読み、またこの記事の読者にとってもおそらく関心をもちやすいのは、秘宝館と女性の関係性の記述である。
私はこの本を読むまで、秘宝館は男だらけの薄暗い楽園だと思っていた。
だが、秘宝館は実は、初期からエロのターゲットに女性も含んでいた先駆的な存在だったようだ。

 著者の妙木は、最初期の秘宝館「元祖国際秘宝館伊勢館」オーナーの次男であり、2代目社長の松野憲二氏にインタビューしている。
松野氏によれば「『女性も性やセックスに当然興味があるはずであり、女性客も受け入れる気はあった』し、また実際に『婦人団体、つまり婦人だけの旅行バスもどんどん来てくれた』」そうだ(59ページ)。

 とはいえ伊勢館の女性客は3割に満たないほどだったそうだが、伊勢館以降の秘宝館全盛期には、女性客はさらに増えていった。
札幌の定山渓温泉に存在した「北海道秘宝館」にいたっては、1983年の改装以降、明確に女性客をターゲットに定めており、「おんなの広場OPEN!!」「世界で初めての“おんなの遊園地”誕生!!」と謳っていたのだ。
ここの秘宝館は1985年あたりから女性客がぐっと増え、ついには6割ほどが女性客だったという。

 83年という年は女性向けエロコンテンツの潮流のかなり初期に位置する。
たとえば、女性向けポルノコミック「レディコミ」は、元祖は79年創刊の『Be in LOVE』だとされているが本格的なセックス描写を盛り込んだのは『La.comic』(85年)、『FEEL』(86年)あたりからであり、最盛期を迎えるのは『コミックAmour』が創刊された89年からその数年ほどだ。女性向けAVに関しては、私が存在を確認できる範囲で最も古いのは1988年のものである。

 なぜ秘宝館はこれほど女性を集めることができたのか。
一つには、北海道、熱海、鬼怒川、嬉野など多くの秘宝館の担当した施行業者である東京創研が、初期の「元祖国際秘宝館伊勢館」とコンセプトを変えて女性が見ても不快感を抱かない展示を目指し、グロテスクな医学展示や強姦シーンを排除したからだ。一方で、客が秘宝館に入りやすいように日本に古くからある性信仰を展示初期段階に配置した(80-1ページ)。

 第二に、妙木は女性が増えた理由が「観光の女性化」にあると推測する。
つまり、女子労働力率の上昇とともに女性が余暇活動にあてる収入を得た結果、旅に出かける女性が増えたのだ。
実際、「北海道秘宝館」のオーナーも、「定山渓に女性客が増えてきていたこともあり、男性と同じように発散して楽しめるところが必要だと考えた」と語っている(87-8ページ)。
特に、団体旅行というこの時代のスタイルも影響していた。女性も、男性の目がない婦人団体での旅行ならば訪問しやすかったことだろう。

 ちなみに、妙木は戦後の「主婦論争」の研究で博士論文を書いているが(『女性同士の争いはなぜ起きるのか』として書籍化)、あとがきで「実はこの研究と秘宝館研究は筆者のなかでは深く関連している」と語っているのは印象的だ。
秘宝館を通じて、取り巻く社会、特にそこに生きる女性を分析するのは妙木ならではの視点である。