女友達と話した“顔射”について

というのも少し前に、また別の女友達と“顔射”について話したのだけど、「したがる意味がわからないし、絶対にされたくない」という彼女に対してわたしは「相手がしたいというのならば、快く受け入れるし、なんならわりと興奮するので好き」というスタンスでした。細かいことを言うならば、ホテルの休憩でされると化粧直しが面倒くさいとか、毎度セックスの度に顔射だとさすがに性の捌け口としてしか扱われていないような気がするので嫌だとか、顔だけに収めてくれればいいけれど前髪に飛ばすのはやめてほしいとかはあるけれど、“顔射”という行為自体に抵抗感はない。

「顔に精液をぶっ掛けるなんて、失礼だ」「女性の尊厳を害している」なんて憤慨している女性を目にしたこともあるけれど、別段、精液がそこまで汚いとは思わないし、精液をぶっ掛けられたところで、わたしの何かが貶められるわけではない。もちろん「化粧を落としたくないので、顔に掛けるのは辞めてくれ」と伝えたにも関わらず、無理やりに発射されたら怒るけれども。

そんなわたしの、セックスに対する意識は“フツウ”とも思わないし“フツウじゃない”とも思わない……というか“フツウ”や“フツウじゃない”という物差しで測ることはやめて、“わたしは好き”とか “わたしは嫌い”、もしくはもう少しグレーに“わたしはあんまり好きじゃない”というふうに、基準を世間から自分に寄せたほうがセックスで気持ちよくなれることはもちろん、「フツウは……」というレトリックでもって無理を通されずに済む分、嫌な目にも遭わずに済むのではないか。

Text/大泉りか