夫婦どちらが先に死ぬのがいいか

「夫婦どちらが先に死ぬのがいいか」だが、おそらく「先に死にたい」と思っている人の方が多いのではないか、と思う。

どう考えても、死骸を片づけるより片づけてもらう方が楽だからだ。

残り1センチになったトイレットペーパーや麦茶をどっちが先に入れ替えるかのチキンレースである。

つまり、いつも麦茶やトイレットペーパーを渋々変えている方が残った方が良い。

良い、というのは本人がではなく「周囲にとって」である。

片づけるのが下手だったり、誰かが片づけるのを永遠に待つタイプが残ってしまうと、ごくたまにニュースに出てくる「相手の死骸としばらく同居してしまう人」が爆誕してしまう。

あれは、死んだことを隠して年金を不正受給するためもあるようだが、単純に「どう片付けていいかわからなかったから」という理由でも起こっているそうだ。

我々、片づけられない奴のテンプレ行動と言えば「とりあえず床に置く」だが、それが例え死体であろうともやってしまうのだ。

つまり、本人たちはともかく、近隣住民や親戚、行政にとっては「社会性のある方が生き残ってほしい」のである。

しかし昔から「憎まれっ子ほど3次会まで居座る」というし、社会性のない方に限って「どうせ自分の方が先に死ぬ」とトイレットペーパーの芯にこびりついたカス魂をもっており、自分が生き残ってしまった際のことを全く考えてなかったりする。

というか私がまさにそう思っているのだが、年齢や男女の平均寿命から考えても私の方が生き残ってしまう可能性は高い。

しかし、自分の方が遥か年上だったり病弱だったりしても「自分の方が先に死ぬからいいや」と考えるのは良くない。

どれだけ若くて健康なパートナーでも今死ぬほど殴れば死ぬのである、彩菜夫人が茶より長生きする保証はどこにもない。

よって、お互いどっちが先に死ぬかでAルートとBルートを考えて置くのがベストである。

相手が先に死ぬということを想定しておかないと「死ぬとか聞いてなかったぞ」と虚を突かれてしまい、思いがけぬ喪失感から、体調を崩したりボケたりして、すぐに後を追ってしまうケースも多いという。

逆に、パートナーの死後長生きするタイプは「そりゃ死ぬわいな」と相手の死をちゃんと自分のスケジュール帖に書きこんでおり、さらに「パートナーが死んだらやること」というフォルダまで用意しているタイプである。

避けられない不幸でも、全く予期せずノーガードで受けるのと、三戦のポーズで待ち構え、その次どう動くかまで考えているのでは受けるダメージが違う。

それに天災などは来るかどうかわからないが、死は必ずやってくる、来るかどうかわからない天災のために備えたり訓練はするのに、確実に来るとわかっている死は縁起でもないから考えない、というのはどう考えてもおかしい。

ただ、考えない奴は両方考えないし、何故かそういう人間ほど生き残ってしまいがちでもある。

Text/カレー沢薫

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