夫「キレイ好き」私「汚い好き」

前から当コラムを読んでいる人ならご存じかも知れないが、私と夫はこと衛生に関しては価値観が真逆であり、夫を「キレイ好き」と称するなら私は「汚い好き」としか言いようがない。

よって「断捨離」をするのは専ら夫で、私は「何もない部屋で、音叉鳴らしてる方が病(ビョウ)だろ、しゃらくせえ」と、タンを吐く側と思われるかもしれない。
ちなみに私の部屋はモノで床が全く見えないので、室内でタンを吐いても床は汚れないという画期的な設計である。

しかし、実は逆なのである、断捨離をする、もしくは言い出すのは私で、夫はそんなことはしない。

そして個人的に「断捨離」と言う言葉を使いたがるのは「私側」だと思っている。

まず「断捨離」という言葉だが「不要な物を減らし、生活に調和をもたらそうとする思想のことを指す。

しかし、ただの整理整頓にしては三文字とも語気が強い。
「断って」「捨てて」「離れる」である、これを人間相手にやったら傷害か殺人で捕まると思う。つまりただの掃除というより「貯めこんでいたものを思い切って一気に捨てる」というような大掃除的なイメージがある。

まずキレイ好きな人間はこの「貯めこむ」という概念がないのだ。
いらないと思ったものは、思った瞬間には捨て終わっているのである。

穴の開いたパンツを1枚捨てることを「断捨離」と言うだろうか、キレイ好きな人間は毎日そういうことをしているため、断捨離するほど物がたまらないのである。

片や私は「パンツに穴が空いてるな」と思っても「とりあえずタンスに戻す」のだ。そしてランダムにつかみ取ったパンツに高確率で穴が空いているようになってから、同じく穴が空いている靴下と一緒にまとめて捨てる。

部屋も「自分が入れなくなった」というレベルになってから掃除をするので自ずと断捨離級の物を捨てることになる。
ちなみに、私はレジ袋にプラゴミを貯めていき、ゴミでいっぱいになったレジ袋で床が見えなくなったらまとめて捨てていたのだが、レジ袋有料化で、袋があまり手に入らなくなったため、45リットルのゴミ袋を部屋に持ち込み、ゴミを貯めるようになったので、ますます部屋の「ゴミ感」が増してきた。
自然環境配慮も大事だが、レジ袋有料化により部屋の環境を害すことになった国民もいる、ということを政府は理解してほしい。

片や夫はゴミを貯めない、どのぐらい貯めないか、というと、我が村のゴミ捨て場は月曜がプラゴミの日で週一回しかないのだが、夫は自主的に木曜日を「プラゴミの日」と定め、わざわざ近隣のゴミステーションまで捨てに行っているのである。

5人家族ぐらいならわかるが、我が家は2人暮らしであり、私はマイゴミをマイルームのマイゴミ袋に貯めているため、共同のゴミ袋ははっきり言ってスカスカである。
だがゴミが一週間も貯まるのが耐えきれないのか、それでも捨てに行くのだ

ゴミ袋がもったいないからからやめてくれ、俺の部屋の、ニンジンタイムセール級に詰められたゴミ袋を見ろ、と言いたいが、その夫の気質のおかげで我が家の環境が保全されているかと思うと何も言えない。

「私はこまめに断捨離している」という人もいるが、断捨離という言葉が出て来るほど貯めてから捨てている時点で、そんなに自慢はできないと思う。

Text/カレー沢薫

カレーなる夫婦生活が書籍化!

夫婦コラムのはずの本連載が、土方歳三への愛を綴った廃人日記として書籍化されました。

愛に生き愛に死ぬカレー沢さんのガチャ爆死録は必見です!

前後の連載記事