今回のテーマは「夫婦と大掃除」である。
冷静に考えて見てほしい、飯の普通盛りを残す奴が大盛りを完食できるだろうか。
それと同じように、掃除が出来ない奴に大掃除のことを聞く、というのは、童貞に「マンネリ防止の刺激的エッチ」について聞いているようなものだ。
アッシにその話はまだ早いでヤンス、ということである。
よって、私が大掃除をする、などというのは1年生がいきなりユニフォームを来て練習に来るようなものである、そんなテニスの王子様みたいな世界観、私にはムリだ。
まだ私は「大掃除」に挑むレベルじゃない、つまり大掃除はしない。
屁理屈に聞こえるかもしれないが、これは結構英断なのである。
片づけが出来ない奴というのは、整理整頓ができない、掃除が嫌い、そして掃除をすると2回に1回「逆に汚す」という特徴がある。
掃除が嫌いなくせに、やる時は徹底的にやろうとするため「この棚を整理するために一旦中の物を全部出そう」などと極端なことをしてしまいがちなのだ。
そして、物を全部出した時点で「飽きる」のである。
つまり棚の物を床に全部ぶちまけて「掃除」が終了するのだ。
スクラップ&ビルドのスクラップだけして終わってしまうのである。
ただの掃除ですらそうなるのだから、大掃除なんかしたら「大汚し」になるに決まっているのだ。
最悪、家を解体した時点で飽きる可能性がある。
よってむしろ、家屋を守るために大掃除なる破壊行為は行わないのだ。
私が掃除をするかしないかで、家の寿命が10年は変わる。
しかし、全く手入れをしないというのも問題だろう、よって大きめの掃除が必要になったら、潔く代行業者に頼もうと思う。
実は数年前の年末、業者にキッチン回りや風呂場などディープな部分の掃除を頼んだことはある。
もちろん費用は己で出した。
家事を代行してもらった、などと言ったら血相を変えて怒りだす人もいるかもしれないが、手術を外注するんじゃない自分で執刀しろ、とは言わないだろう、それはただの自傷行為だ。
私にとって「掃除」はそれと同じことである、下手に自分でやると、全身血まみれか、家が全焼してしまう。
世の中には、金を払ってプロにやってもらうのが最善、なことの方が多いのだ。
それを「家事を人任せにするなんてけしからん」という一般論で止めることにより、小金なんかよりもっと大切な時間や、家庭平和、そして家を失うかもしれないのである。
家庭における「金で解決」の正しさは、すでに食洗器師匠と、ドラム式洗濯機パイセンが証明済である。
それに、外注するというのはズルでもなんでもない。
その金は自分が頑張って稼いだものなのだがから、ある意味「自分が掃除している」と言っても過言ではないのだ。
むしろ、家庭内の家事というのは具体的金銭が発生していないため、やる側が一方的に損しているような気分になり、ストレスがたまりやすく、そしてストレスほど家庭を壊すものはない。
大敵ストレスを殺すためなら多少の出費は惜しまない方が良いだろう。
「若い頃の苦労は買ってでもしろ」という、それが正しいとしたら「BBAになったら金払っでても苦労するな」ということである。
年を取って苦労すると、それは貴重な経験ではなく、全部「ただの疲れ」と化すのだ。
もちろん、金には限度があるので全て外注するというわけにはいかない。
しかし「なにがなんでも自分でやらないとダメ」と思い込むのと「いざとなったら金で解決していいんだ」と思うのでは安心感が違う。
よってパートナーが何かを外注したいと言い出したら、脊髄反射で「怠けるな」などと言わずに、話し合いぐらいはすべきである。
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