妻の報復
 このように、妻は料理上手だ
 このように、妻は料理上手だ発端は、“味噌汁”。
 先に断っておくが、妻は料理が上手い。
 カリスマブロガ―のように、レシピ本を出版し換金出来るような“ステキご飯”ではないが、普通の食事を普通に美味しく作ってくれる。
 有難い話だが、難点が一つ。
 全体的に少々からい…つまりしょっぱいのである。
 彼女は東北出身。
 塩分多めの濃い味付けを好む。
 対して僕は関西出身。
 薄味に慣れ親しんでいる。
 「関西は薄味と言うけれど、塩分濃度はむしろ…」
 という反論もあろうが、この際スル―。
 僕の定義は“薄味=塩分控えめ”であり、塩辛い味付けが苦手な事実には変わりない。
 大体、塩分のやり取りが美談になるのは、“上杉―武田”間だけ。 
 妻も僕も“山田”であり、積年のライバル関係でもない…夫婦である。
 とにかく、二人の味覚のベクトルは真逆。
 その差が最大化するのが、味噌汁というわけだ。
 「炎天下で一日中肉体労働でもせんと受付んな―…」
 「俺の舌がナメクジやったら、即死やな―…」
 挙げ句の果てには、
 「これに浮かんで本読めるわ!」
 味噌汁を“死海”呼ばわり。
 勿論、心の中でだが。
 普段なら決して口になど出さないが、昨夜は運が悪かった。
 帰宅前に目にしたネット記事によって、極度に健康不安を煽られていた僕は、
「しょっぱ!いやいや、早死にするわ!!」
 妻の味噌汁に対して、嫌味な姑の如き台詞が思わず口を衝いてしまったのである。 
 繰り返すが、彼女の料理は美味しい。 
 通常であれば許容範囲…全く問題ない。 
 すぐさま反省し、謝罪しようとすると、 
 「はいはい!関西の方の上品な舌には、東北の味は合わないんですねー!すいませんね―!!」 
 遮るように彼女の反撃が始まった。 
 忘れていた。 
 彼女は滅法気が強く、おまけに頑固である。 
 言い返さずに泣き寝入りするような柔な女ではないのだ。 
 話を戻す。 
 僕以外にバリカンを使う人間は、我が家に存在しない。 
 髭は常に6ミリに刈り揃える。 
 使用後は、必ず“6ミリ設定”を確認してから洗面台の下の引き出しに仕舞う。 
 改めて確認すると、目盛りは“1ミリ”だった。 
 何かの拍子…例えば、引き出しの開け閉め等の、“ちょっとした衝撃”で目盛りがズレるということも構造上なさそうである。 
「まさか妻が…」
 考えれば考えるほど、不穏な結論に行き着いてしまう。 
 夫の商売道具である髭。 
 それは詰まる所、妻や娘にとっても同じく飯のタネ…我が家の生命線である。 
 それほどまでに味噌汁の一件は、腹に据えかねたのだろう。 
 僕は彼女を問い詰める愚を犯さなかった。 
 キチンと確認もせずに、惰性で商売道具にバリカンを使用した自分にも非はある。
 何より、昨夜の揉め事で生じた夫婦の間の溝。 
 “6ミリ”と“1ミリ”…その差“5ミリ”の小さな傷。 
 蒸し返せば、その傷口に“塩”を塗り込むことになりかねない。 
 それだけは、勘弁なのである。 
Text/山田ルイ53世
※2016年12月15日に「TOFUFU」で掲載しました
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