私を救った言葉

移動の車中。すぐ隣りに白い布に包まれた父の遺体があるが、マリオのスター状態の私は「ひさしぶり☆元気?」と陽気だった。要するに寝不足でハイだったのである。

その後、車の窓から景色を眺めていたら、だんだん情緒が落ち着いてきた。そして「つらいなあ」としみじみ思った。

毒親は毒一辺倒じゃなく、たまに優しい時もあるからつらいのだ。子どもの頃、父に東映まんが祭りに連れてってもらったり、読書感想文を褒められた記憶が浮かんでしまう。

その時の私の心を救ったのが、ニコ・ニコルソンさんの『わたしのお婆ちゃん』である。

これは認知症の祖母を実家で介護した時の様子を描いたエッセイ漫画で、ニコさんは『婆ルは母子家庭で働きに出ていた母に代わり、私を育ててくれた』と書いている。

大好きなお婆ちゃんが施設に入ることが決まった時、ニコさんは『ごめんよ、婆。あんなに可愛がってもらったのに。勝手な孫だよ、ごめんよ』と自分を責める。

『大好きな家族だから大丈夫なんじゃなくて、大好きだからこそつらい』

その言葉を思い出して「父を好きじゃなくてよかったな」と思った。父が自殺してつらいけど、そんなにはつらくない。むしろホッとしている部分が大きい。6年前に猫が死んでしまった時は、この2億倍はつらかった。

愛をもらったがゆえの苦しみもあれば、もらわなかったがゆえの気楽さもあるなあ…と思いながら、神戸の街並みを眺めていた。

30分ほどして、斎場に到着。優秀なクレリさんのお陰で、打合せはさくさく進んだ。
「喪主のご挨拶は?」「ナシで!」「故人の思い出やお手紙の朗読は?」「ナシで!」とがんがん削っていき、「尺、余りますかね?」と聞くと「大丈夫です、進行の者がうまくやりますから」と頼もしい言葉。

突然の喪主交替についても何も聞かれなかった。葬式や結婚式は家族のゴタゴタがつきもので、よくある話なのだろう。

しかし、いらんこと言う族の族長である伯父は「なんで弟は来ないんだ」「親の葬式に出ないなんて」「お前が甘すぎるんじゃないか」とか言うてくるだろう。
「ブッ壊すほど…シュートッ!」と棺桶にぶちこみたいが、クレリさんに迷惑をかけると悪い。なので「さあ?」「知らね」「そうか?」と、担当アサシン嬢の考えた“最狂のさしすせそ”で乗り切ろうと決めた。

30分ほどで打合せは終了。
通夜はナシ、無宗教・家族葬のシンプルプランで、見積もりは約62万円だった(火葬場で別途、火葬代の12000円を払う)

コラムのネタにしているし、確定申告で一部を経費として落とせないものか。62万円といえばストゼロが6千本買える大金だが、それでも安い方らしい。

義母は「うちの父親の時は自宅でやって200万かかったわ。お坊さんを呼ぶのが高いのよ。葬式の後もお坊さんが月命日のたびにお経あげにきて、3回忌も7回忌も5万払って、結局13回忌までやって、ほんま坊主丸儲け」と坊主をディスっていた。

もっと安い葬式もあるだろうが、私はクレリのサービスに大満足だったのでリピ確定である。