無駄な笑顔は封印

そいつを黙らせろ―プーチンの極秘指令

20代の頃、女友達からこんな話を聞いた。

彼女が男性の上司と地方出張した時のこと。仕事が終わった夜のホテルで、地元名物の酒やつまみを買った上司から「部屋で飲みながら仕事の話をしよう」と言われたそうだ。

上司にそう言われた部下は断りづらい。それに20代の彼女は40代既婚子持ちの上司を「気のいいお父さん」的に慕っていたし、信頼もしていた。「社内的な立場もあるし、まさか変なことはしてこないだろう」とも思った。なにより「下心を疑うなんて申し訳ないし、そんなふうに考えるのは自意識過剰だ」と思った。

それで上司の部屋に行ったところ、無理やりキスをされた。彼女は必死で拒んで部屋を出たので、それ以上の被害は免れた。

当時、その話を聞いて「それは行っちゃダメだよ!」と言ってしまったことを後悔している。
奥手で純粋な彼女が心配でついそう言ってしまったが、ダメなのは上司の方だ。
私は「あなたは何も悪くない、上司が100%悪い」「ただ世の中には信頼を裏切る人間や信頼を逆手にとる人間もいるから、気をつけて」と言うべきだった。

20代の男性社員が出張先で男性上司に部屋で飲もうと言われて、部屋に行ったらビンタされたのであれば、「上司が100%悪い」と誰もが認めるし、被害者を責める人間はいないだろう。

だが暴力(ビンタ)が性暴力(キス)になると、被害者の責任が問われる。「それは行っちゃダメだよ!」という私の言葉は、その意見に加担していたとも言える。

返す返すも20代の私は意識が低かったし、知識もなかった。自分も取引先のオッサンにキスされてイヤな思いをしたのに(前回参照)
その時の私も立場的に怒れなかったし、「マジで勘弁してくださいよ~」と笑顔で返した。今思えば、せめてエシディシ返しをすればよかった。

「う~~うううあんまりだ…HEEEEYYYY あァァァんまりだァァアァ…あァァァんまりだァァアァ AHYYY AHYYY AHY WHOOOOOOOHHHHHHHH!!」と号泣してから「フー、スッとしたぜ」とキメれば、相手は恐怖しただろう。

例の号泣議員もエシディシを参考にしたのかもしれない。あれは本人が不正を働いていたが、この場合はこっちが被害者だ。
セクハラにあっても笑顔でかわせと言われるが、それだと加害者は自分の加害に気づかない。そして永遠に被害者が増え続ける。

もう無駄な笑顔は封印しよう。「なんで結婚しないの?」とクソ質問してくる奴に「いや~全然モテなくて!」と笑顔でサービスすると、相手は「ノッてきた」と勘違いしてクソ説教を垂れてくる。
鈍感な奴に「ぶぶ漬けでもどうどす?」と笑顔で返すと、三杯おかわりしたうえに食後のデザートまで要求してくるものだ。

なので鈍感な奴でもわかるように、担当アサシン嬢の「最強のさしすせそ」を活用しよう。

「なんで結婚しないの?」
「さあ?」
「いつから彼氏いないの?」
「知らね」
「ずっと1人は寂しいでしょ」
「全然。すごーい私!」
「結婚出産が女の幸せよ」
「センスやばいw」
「結婚した方がいいわよ」
「そうか?」

真顔でこれを繰り出せば「こいつに恋愛や結婚の話をふるのはやめよう」と相手は思う。多少の賢さがあれば「この手の話題を好まない人間もいるんだな」と学んで、デリカシーを身につけるかもしれない。

アサシン嬢は「女だからとナメてくるオッサンを撃退するために、タトゥーを入れようかと検討中です」と話していた。顔に「暗殺者」と彫れば、誰も近づいてこないだろう。

「顔にタトゥーはちょっと…」というお嬢さんは、プーチン顔をしてはどうか。「あまり私を怒らせない方がいい」という顔マネをマスターして、あだ名が「プーチン」になる頃には、セクハラに遭うことはなくなるはずだ。

という話を夫にしたところ「プーチンは顔が怖いんじゃなく、やってきたことが怖いんだ」と返ってきた。

たしかにプーチンの職業が漫画家で「デュフw」とか言ってたら、全然怖くない。むしろ友達になれそうだ。
だが今からKGBで働くのは大変そうだし、内定がもらえるとも思えない。ここはプーチンっぽい写真を撮って、インスタに上げるのはどうか。
自動小銃をかまえる写真や柔道着で虎と闘う写真をアップしつつ、たまに犬と無邪気に戯れる写真をアップすれば、好感度もキープできる。

今回「プーチン」で画像検索したら、顔だけで人を屠(ほふ)れそうな殺気だった。私も顔を武器にしたい。「浪速のプーチン」と呼ばれるように、鏡の前で練習したいと思う。

次回は <だめんず沼から脱出するために、心に修造じゃなくジョセフを飼おう/59番目のマリアージュ>です。
だめんず(ダメな男)にハマってしまう女性は、「だめなのは私だ」と自分を責めてしまいがち。ハマる理由は親の愛情が足りてないから?自分に自信がないから?アルテイシアさんが指摘するのはまったく別の理由でした。

※2018年5月15日に「TOFUFU」で掲載しました。

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