夫、ついに激おこ

私は平素、家にいるときは大体二階にある自分の仕事部屋に閉じこもっており、扉はしめている。そして中では大体映画『八甲田山』を結構な音量で流している。
よって、階下からの夫の呼びかけが聞こえず、返事をしないことが多々あった。それに対し、夫は前々から苦言を呈していた。

そして、ついに激おこしたのである。
返事をしない私にブチ切れ、家を出て、怒りのラインを送ってきた。
いつもの夫らしからぬ強い語気であり「呆れた」とすら書かれていた。

私には今まで二兆個くらい呆れる点があったはずだが、まさかこんなところで言われるとは思わなかった。
便所を綺麗に使え、腐ったものを弁当に入れるなと言われたら、こちらは申し開きできないが、これに関しては言い分がある。マジで聞こえなかったんだから仕方ないだろう、聞こえないものに対し返事している人間の方がやべえじゃねえかと。

そう反論しようとして私は思いとどまった。

もし、大して親しくない人間と話をしていたとして、こちらが「薬研ニキ」と発言するや否や出ていき「薬研ニキって呼び方地雷なんですけど」とラインしてきたら、「知るかボケ」と言うだろう。だが、相手は家族である。
それが俺は許せねえ、傷ついたというなら、君は返事をしないのが許せないフレンズなんだね、と理解することが大事なのではないか。前々から夫が不機嫌になっていたのに、気づけなかった自分の落ち度ではないかと。

というわけで、わざとではないのだ、という点だけ釈明し、あとはひたすらラインで謝った。しかし返事がない。

なるほど、返事がないというのは嫌なものである。
それに普段怒らない人が怒るというのは怖い。帰ってくるなり「これは腐った弁当のぶん!」と今までの悪行の制裁を全部食らうかもしれない。

ひとしきり悪い想像をしたあと夫が帰ってきたので、とりあえず謝った。すると夫は「いや、俺ももう少し大きな声で言えばよかった」と言った。

どうやら夫は怒りが長続きしないフレンズのようだ。

オタクの地雷は踏まないにこしたことはないが、夫婦の地雷はたまに踏むことにより相互理解があるのかもしれない

Text/カレー沢薫