家電(いえでん)使ってる?嫉妬深い恋人がブチギレした理由

四半世紀ほど前、わたしがひとり暮らしを始めたばかりの頃は、まだ家電というものが多くの家庭に備え付けられていた時代でした。というと、冷蔵庫や洗濯機、テレビといった家電(かでん)は今だって、大方の家に備えてあるだろうと思うかもしれませんが、そうではないのです。家電(かでん)ではなく家電(いえでん)、いわゆる固定電話のことです。

スマホはまだ登場していなかったけれど、携帯電話はすでに多くの人が持っていたあの当時、ひとり暮らしの家には、家電を引く必要はまったくありませんでした。しかし、デジタル化の過渡期だった出版業界では、当時はFAXでやり取りをする場面もまだまだ多くあったのも事実です。当時は出版社にデスクを置く形で仕事をしていたので、どうしても自宅にFAXを置かなくてはならない理由はなかったのですが、なんとなく「家に仕事のツールがある」というのがかっこいい気がして、わたしはわざわざ自宅に、FAX付きの固定電話を導入したのです。

しかし、家電(いえでん)を設置したところで、掛けてくる人は皆無でした。そもそも番号自体を友人に教えることがなかったからです。唯一その番号を知っていたのは、当時付き合っていた嫉妬深い恋人で、「一応、知っておきたい」と言われて教えたのだけど、それはすぐに後悔することになります。

嫉妬深い恋人に家電を教えた結果

ある夜のことでした。夜中にテレビを観ている最中に幾度も、その彼から携帯電話に着信があったのですが、中断するのが嫌で取らないでいたら、今度は家電が鳴りました。「ああ、彼からか」とピンと来て、家電に掛けるほど何か大変な、緊急事態が起きたのかと、受話器を取ったところ、「なんで携帯に出ないんだよ!」とまず怒鳴られ、次に「男でも連れ込んでるのか」と怪しまれ、挙句の果てには「今から行く」と宣言されたのでした。

携帯電話に出なかったことで完全にメンタルがドカン!してしまったらしい彼の家は、わたしの住むマンションからタクシーで軽く1万円はかかるほど離れた場所にあります。「金がもったいないからやめろ!」と電話で説得するのに、30分だか1時間ほどもかかり「あのとき、面倒でもさっさと電話に出ていれば……」というのは後の祭り。

以後、家電の着信音は常にミュートにし、件の彼には「変態電話がかかってきて怖かったので、家電の着信音は鳴らないようにした」と告げました。恋人は不満そうではあったものの「だって変態電話、キモいんだもん!」と言われればどうしようもないらしく、以後、携帯電話に出ずとも「寝てた」で済ませることができるようになった。そしてわたしは、自由でいるためには、行動を縛られるようなツールは、極力持たないほうがいいという教訓を得たのでした。

Text/大泉りか