権力に立ち向かった女性たち

グレイス・フライヤー

そして、ラジウム業界と闘うために覚悟を決めた女がいます。名前はグレイス・フライヤー。
彼女は法律を覆すために共に闘ってくれる弁護士を探し始めます。しかし難しいことに、業界と戦うことを恐れ、どの弁護士も逃げ出してしまうほどだったとか。絶対に勝たなければいけない上に、徹底的に隠蔽工作をするような大企業に逆らうわけですから、身の危険を感じたのかもしれません。

結局、会社側から和解を迫られ、スキャンダルをもみ消されることになります。それでも、世間にこのことを知らせることには成功しました。

次に、キャサリン・ウルフという女性がラジウム企業と闘います。友人が次々とラジウムによって亡くなる中で、彼女は自分の症状に苦しみ死が迫っていても、会社の圧力や隠蔽工作に屈しませんでした。

グレイスによる最初の裁判(1927年)からおよそ10年。1938年、ついにキャサリンが正義を勝ち取ります。
これにより労働者の命を救う法規が生まれ、労働者を保護するために活動する「労働安全衛生局」=OSHAがアメリカで設立されました。

OSHAは、労働安全衛生の推進に、全国でリーダーシップを発揮しています。そして、成果をもたらす最も効果的な方法、すなわち死亡災害をなくし傷害や疾病を防ぐ方法を特定し、それを普及させていく努力を重ねています。そのようなOSHAが発信するメッセージは、「安全と健康は、あなたの会社、職場、生活の価値を高める」といういたってシンプルなものです。国際安全衛生センター

20世紀初頭の職場で発生する傷害や死亡率は今では考えられないほど多かったようです。
しかし、OSHAが設立されてからは1933年から1997年までで年間の労災による死亡者数は145,000人から5,100人まで減ったというデータが出ています。(それ以降も減りつづけています)

今では世界中で当たり前のように守られている労働者の権利や命ですが、ラジウム・ガールズが法廷に立たなかったら現実は違っていたかもしれません。 めでたしめでたし。

まずはフェミニズムについて自分なりに知っておくこと

これを読んでどう思ったでしょうか。
「ひどい時代だ」「どうして女だけが」「いくらなんでも死亡者が多すぎじゃない?」「女だけの問題か?」などなど、人によって違うかもしれません。

私はこの話を知ったとき、未来のために戦ってくれた女たちがいるのだからそれを無駄にしてはいけないんだと感じました。例えば今当たり前のように男女平等で参政権があるのも、おんなじように勇気を出して立ち上がった女性と、それを理解した男性がいるおかげでもあります。

そういう意味では、女が女として生きる以上はフェミニズムについて自分なりに知る努力は欠かせないだろうし(全員フェミニストになれ、とは思いませんが)、単なる思想でなく倫理や道徳として男の人の理解も必要なんだと思います。

日本では「フェミ」という言葉に過敏にマイナスな反応をされます。何もこれはフェミに限った話ではなく、「宗教」なんかも同じです。
人は「よくわからないもの・こと」に強い不安を覚えます。
よくわからないから的外れな論争をするし、なんとなく声が大きいほうの意見を信じるようになります。そうして余計に議論が荒れていくと、今度は「関わりたくない」と思う人が出始めます。

フェミニズムの定義は大変難しく、難しすぎるがゆえに的外れな論争や激しい議論が起きているのが現状です。
「女はこんなに冷遇される世の中はおかしい」という主張は正しいし、正しくあるべきだとも思います。その正しさを証明するために議論する場を作ったりメディアを利用したりして運動するならともかく、ただTwitterで呟くだけで済ませている人は頭を冷やして冷静になっててほしいのが本音です。女が女の敵まで作ってしまったら平等も解放もクソもないです。とにかく落ち着いてくれ。

めんどくさい話ですが、いまやフェミニズムとは常識になりつつあるワードです。
あんまり毛嫌いせず、なんとなくでいいので些細なことを知っておくと、それがあとあと自分の役にたつかもしれません。
この記事を読んで少しでも不安が取り除けたら幸いです。

Text/oyumi