人を信じることが世の中で一番セクシーだ

わたしは今、『光の祭典』の稽古をしている。「まあここで二人はえっちをするんですが……」と言って演出をつけ、出演してくれる男性俳優たちの女性俳優たちへのさわり方が優しいたびに、安堵する。

振り返ってみると、愛する人のする自分にとって痛いことを許そうとしすぎてしまった。許そうとするあまり、心の齟齬が生まれてしまった。

だけど芝居を俳優と一心不乱につくる中で、わたしはようやくわかったのだ。大切なのは、許そうとすることではなく、わたしが傷ついたとわたしが知ることだ。

性に傷ついたすべての君へ。これが、君が相手や、君に起こったことを許さなくて良い一つの理由だ。
君は許さなくていい。君があのとき感じた痛みを矮小化なんてしなくていい。君の痛みは君だけのものだ。わたしは周りの人間より、君の心が一番大切だ。
わたしはしあわせな性を信じている。だから、希望の延長として『光の祭典』をつくっている。
舞台を観た後に、あ~こんなことしてらんねえな! 好きな人と道玄坂にでもシケこむか! と思ってもらうために駒場東大前で演劇をする。こまばアゴラ劇場は歩いて神泉のホテルまで行ける最高の立地である。(カップルで来よう!)

大好きな人に触られて嬉しくて泣けてしまうようなそんな感覚を、触られていないのに思い出させてしまうような体験を、観客に、君にさせたい。

最後にもうひとつ。
わたしは、決して女優を脱がさない。
なぜなら人間の肉体は何よりも魅力的なもので、脱いでしまえば最後、舞台の上からストーリーは失われ、ただ裸体の美しさだけが残るから。……というだけではない。

正直もう飽き飽きなのだ。
美という大義名分の下で個人が殺されるのを見るのは、もう飽き飽きなのだ。

ここに宣言しよう。
すべての女優、あるいはカメラの前に立たされたことによって女優と名付けられた女よ。こんなことに意味なんかないみたいな顔して、カメラの前で脱がないでほしい。諦めと虚脱でうつろになりながらカメラを見つめないでほしい。
そんなさまを見るのは、もう懲り懲りだ。だからわたしが止めさせる。
ありとあらゆる芸術が、人権よりも尊かったことは一度も無い。
芸術の名の下で行われてきたおぞましい暴力を、わたしは決して許さない。
わたしが舞台の上につくるのは、幸せの極地である。そこに暴力は介在しない。

『光の祭典』は、フェミニズムに関心のある方、阪神・淡路大震災を記憶する方、弱きものへの痛ましい事件が二度と起きないよう願う方に観て欲しい。

そしてなにより、傷ついたすべての方へ。君が一人じゃないと届けるために、8月21日から27日まで1週間、わたしはこまばアゴラ劇場で公演をやる。
待っているから来てほしい。どうか一人ではないと、もう一度、このクソみたいな世の中を信じはじめる一端となるように。わたしは劇場で待ち続ける。

人を信じることが世の中で一番セクシーなことだと思っている。だから舞台の上では、信用し合う男女が生まれる。
信用し合う男女が、ともに手を携え歩いて行く。暗闇の中。お互いの気持ちだけを確認しながら。

君が僕のことを好きで本当に良かった。僕が君のことを好きで本当に良かった。行き先は暗い。小さな光だけが遠くに見える。はるか遠くに。確かなことは、君を愛してる。ただ、ただ、この瞬間、僕は君を愛している。

愛している。

Text/葭本未織