わたしを通りすぎたすべての人の命が今日終わるよう呪っている/葭本未織

終わった恋の足跡を辿る、忘恋会2018。
今年の締めくくりにふさわしいとっておきの恋愛納めコラムを厳選してお届けします。
一旦ケジメをつけて、来る2019年の新しい恋に備えましょう。

歩行者天国に座り込む劇作家・女優の葭本未織さん 一ノ瀬伸

わたしを通り過ぎて行ったすべての人間へ、毎朝手を合わせ、今日こそはその命が終わるように呪っている。

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家から駅まで15分。なだらかな坂をぼんやりと下り、目的地まであと一息といったところに、ブックオフがある。
そのあたりに差し掛かると、わたしはいつも手を合わせ、心の中でこう唱える。

「どうか、あの人たちの命が今日、終わりますように」

幹線道路に面した店の前には、ワゴンがあって、そこにはどこにでも売っている誰でも買える本が乱雑に積まれている。持ち主の手を離れ、かといってここが終の棲家でもない。不安げに次の出会いを待つ本。どこにでもいるつまらない本。彼らの発する匂いが、開いているはずのまぶたの裏に、突如、過去を映しはじめる。それをどうしても消したくて、勢いよく目を閉じて、そして開けて。排気ガスを吸い、少し唇を震わせて出てくる確信は、「わたしは忘れた恋など一つもない」ということだ。

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男であれ女であれ、人生のある一瞬を、100パーセント、その人間にだけ掛けてしまう。わたしはそれが恋だと思っている。
そういう意味でわたしは恋多き女だろう。男であれ女であれ、いつでも誰かに「掛けて」しまう。
この場合、わたしが相手に掛けているのは、想いではなく、期待だ。この人ならわたしの100パーセントに応えてくれるのではないだろうか、という期待。
わたしの中には0か100しかない。わたしに触れるなら100パーセントで。それが無理なら、一切、近づかないで。
なんてヒステリックな言葉。もしも何気なく手にとった、ワゴンの中の本のページから、こんな文字が飛び込んできたら? 自己嫌悪でゾッとする。なのにわたしは、とめどなくあふれるこの悲鳴を止める方法をまるで知らない。

だけどこんな人間にも、時折、100パーセントを捧げてくれる相手があらわれる。しあわせな話だ。二人はお互いがお互いにとって一番大切な蜜月を過ごす。そののち、関係は破綻する。なぜなら100パーセントは永遠ではないから。

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恋の忘れ方なんて一つしかない。
「見つける」ことだ。
それは、新しい相手か、自分が打ち込めるものか。とにかく何かを「見つける」のだ。
おぼえていてほしいのは、見つけた何かに価値があるのではないということ。
価値があるのは、「わたし」が「見つける」という行為そのものだということ。
誰にでも見えているものでも、「わたし」にだけ見えていない何かが「ある」。
それが人生を変えるのだ。

ここまで読んで鼻で笑ったやつ、出てこい。ひとこと言う、お前は一生そのままだ。恋も忘れられないし、成長も出世も絶対しない。のんきに生きるふりをして自分自身を探るのをやめるなら、お前は一生そのままだ。笑うな、信じろ。まず、自分の知覚を疑え。本当に何かを見つけたいのなら。五感を震わせろ、極限まで、けして諦めずに。自分を見つめろ、そして、見つけ出せ。

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