オタマジャクシの健太郎は、いつかカエルになるのだろうか
“箱入り”はなんだか聞こえがいい。だけど、それは単に“過保護”なのです。
実は、この映画の登場人物は誰もが親離れ、子離れできていない。
昼時には自宅に帰り、母の作ったご飯を食べる健太郎。そんな彼を今まで良しとしてきた両親。
そして、盲目の一人娘を大切にしすぎて過剰な束縛をしてしまう奈穂子の父。
親も子も、子どもの成長を止めてしまっている。ただ体裁を気にしてお見合いを薦めても、子は一向に変わらない。
そんな中、水槽の中からゲコッと鳴いているカエルが映し出される。
健太郎の唯一の友人であるカエルの姿が、まるですべてを悟ったかのような佇まいで劇中の随所に挿入される。
人間は「成体」を持たない。大人になる瞬間、形を変えることがない。外見では成長を感じ取れず、自分がオタマジャクシであることにも、カエルであることにも自覚がない。
35歳で童貞の健太郎はオタマジャクシのままで、まるで行く宛のない精子のように彷徨い続ける。そこで奈穂子に出会い、ようやくカエルになる。
初めて事に及ぶ健太郎のヌメッとした全裸が彼の成長の証だろう。
彼が決意を固めた時、カエルが水槽の壁にへばりついて抜け出そうとするカットが挿入される。
カエルが苦手な人なら「うっわぁ……」とドン引きするであろう粘液は、まさしく健太郎の発する汗と同じ。隠喩としてカエルが存在している。
健太郎の無様で必死にもがくその体液と、ゲコゲコッと響かせる湿気高い鳴き声により、彼の親離れ、心の成長が描かれるのです。
カエルはこの梅雨時期、二人の関係に何度も雨を降らせてしまう。
だけど、やがて季節は巡り、いつかは夏の爽やかな青空を見せてくれます。
そして、雨はやがて海となり、二人は帆を張って結婚という航海に出るのでしょう。ほんと、“夏帆”とはよく言ったものです。
劇的な感情さえあれば、誰もがロミオとジュリエットになれる
“箱入り”の箱を華麗に打ち破り、カエルのようにピョーンと飛躍する男女の姿は勇気以外の何者でもない。
映画の冒頭から、死んだ目をしている健太郎に多くの人が「うっわぁ……」とドン引きすることでしょう。
だけど、観終わった後はまるで印象が変わってしまう。
満員電車で埋もれ、職場では空気で、恋愛映画の主人公になるはずのない人間にも恋をする権利がある。誰もがロミオとジュリエットになる可能性がある。
吉野家でも、平凡な公園でも、美しい景色に変わる。目に見えるものがすべてではない。劇的な感情さえあれば、どこでも恋愛映画の景色になることを教えてくれるのです。
水槽の中の“箱入り”カエルは、無事に外の世界に抜け出したのでしょうか。
“箱”になんか入っていないで、とっとと“籍”入りしたいところですよね。
6月8日(土)より全国ロードショー
監督・脚本:市井昌秀
キャスト:星野源、夏帆/平泉成、森山良子、大杉漣/黒木瞳ほか
配給:キノフィルムズ
2013年/日本映画/117分
URL:映画『箱入り息子の恋』公式サイト
Text/たけうちんぐ