飛び立とうとも、飛び立つ空がない。でも……
聡の過去に一体何があったのか。何を抱えて生きているのか。本作では多くは語られない。
聡は“鳥の求愛ダンス”を街角で、もしくはキャバクラで、人目もはばからず踊り狂う。感情の浮き沈みが激しい彼女を、メンヘラ女と見てしまう人だっているかもしれない。
でも、過去に何を抱えて生きているかなんて一目見ただけでは分からない。だから観客も、「そんな目で見ないで!」と聡に拒まれる白岩と同じ“そんな目”をしてしまう。窓ガラスを割って激しく憤る聡の気持ちが分からない。スクリーンを“そんな目”で見てしまうのがもどかしくてしょうがない。
知ろうとすればするほど、相手を傷つけてしまう。白岩と聡の関係は何も特別なことではなく、人と人とが結びつくことにおいて普遍的なことのように思う。
二人は檻から放されても飛び立てない鳥だ。飛び立とうとも飛び立つ空がない。球を打とうとも飛び越える柵がない。でも、物語は二人に冷たくない。白岩は前妻に会い、聡はそれを見つめ、その停滞がほんの少しずつ動き出す。小さなグラウンドに希望の光が差し込むクライマックスは、彼らと同じように目的もなく“ただ生きている”人々の背中を押してくれるだろう。
ヒーローやヒロインなど立派な人間だけを描くのが映画だとしたら、とても窮屈だ。それは“人間”じゃない。ダメでどうしようもないからこそ愛おしく、自分を見ているようになるからこそ共感する。
ホームランとファウルは似ている。成功も失敗もなく、フェンスを飛び越えることができない日々を愛せるかどうか。
ただ生きているだけでもいいじゃないか。白岩と聡を見ていると、そう思えてくる。
ストーリー
家庭を顧みずに離婚した白岩(オダギリジョー)は、東京から故郷・函館に帰ってくる。実家に顔を出すこともなく、失業保険を受けながら職業訓練校に通う日々が続く。
ある日、同じ訓練校に通う代島(松田翔太)からキャバクラに誘われた白岩は、そこで風変わりなホステス・聡(蒼井優)に出会う。
“鳥の求愛ダンス”で踊り狂い、感情の起伏が激しくてどこか危うい聡に強く惹かれていく。
9月17日(土)、テアトル新宿ほか全国ロードショー
監督:山下敦弘
原作:佐藤泰志「オーバー・フェンス」(小学館刊「黄金の服」所収)
キャスト:オダギリジョー、蒼井優、松田翔太、北村有起哉、満島真之介、松澤匠、鈴木常吉、優香
配給:東京テアトル /函館シネマアイリス(北海道地区)
2016年/日本映画/112分
URL:『オーバー・フェンス』公式サイト
Text/たけうちんぐ
次回は<フランス産ジブリ最新作!漂流した島で出会った女性…彼女は誰?『レッドタートル ある島の物語』>です。
どこから来たのか分からない男が無人島に漂流する。イカデで脱出を試みるが何度も失敗し続ける中、ある日一人の女性が目の前に現れる——。フランス✕日本合作のスタジオジブリ最新作。
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