いまだかつて無い“一人”のデートシーン

 正直、こんなに心が震えるとは思わなかった。
だって、相手は機械ですよ。人間じゃないんです。はっきり言って、パソコンと携帯を見てニヤニヤしている孤独な男の物語なんです。それなのにどうしてここまでリアルで、心を引っ掻いてくるのでしょうか。

 従来のラブストーリーのデートシーンって、そりゃもう美男美女が街を歩いていたりするわけで。
でも、この映画は残念ながらそうじゃない。寂しげなインテリメガネが延々と携帯に話しかけて、はしゃいでいるだけ。サマンサと心を通わせていく過程を知っているからこそ非常に幸せそうな光景だけれど、知らない人が物語の外から見ているとあまりに孤独な風景なのです。

たけうちんぐ 映画 死ぬまでには観ておきたい映画のこと スパイク・ジョーンズ ホアキン・フェニックス エイミー・アダムス ルーニー・マーラ オリヴィア・ワイルド スカーレット・ヨハンソン アスミック・エース アメリカ AI 人工知能 her/世界でひとつの彼女 siri 離婚 Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

 たった“一人”のデートシーン。これは現代人に共通する“孤独”ではないでしょうか。
思えば、街を歩けば見渡す限り人々は携帯を見つめている。電車の中で横一列携帯ガン見という景色は珍しくない。誰もがその先にいる彼/彼女と対話しているようでも、実際は携帯に向けて笑い、泣き、怒り、悲しむ。時にはその携帯をぶん投げてしまいたくなるほど、感情をぶつけてしまっている。

 セオドアは、そんな現代の私たちとまるで一緒。小さな機械に一喜一憂する姿は、現代の街並みで見かける光景とそう変わりないのです。それが皮肉のようで、悲哀のようで、セオドアが異端とは全然思えない。
小さな機械に感情を委ねてしまう姿に、多くの人が共感してしまうことでしょう。

極めて普遍的な“愛”と現代的な“繋がり”

 セオドアとサマンサの愛がどれほど深まろうとも、絶対に出来ないことがある。それは、セックス。 まるでテレフォンセックスのように声と声で喘ぎ、快感を得ようとする。それでも満足には至らない。

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 セオドアの孤独だけでなく、サマンサの機械としての孤独すら映画全編に漂っている。その恋愛感情のリアリティはSFって設定を忘れさせてくれる。
音声ガイドを演じるスカーレット・ヨハンソンの少ししゃがれたハスキーボイスが、実態がないのに肉感的で表現力豊かだからこそ、相思相愛なのに実ることのない恋愛がより切なく感じられてしまうのです。

 本作は、愛における心の喪失を真っ正面から描いている。
そもそも、心とは一体何なのか。どういうメカニズムをしているのか。心変わりや、移り変わり。時間の経過によって自然に変化していく心とは、どのような機能を果たすのか。それは、機械と何が違うのか。