私との心地よい記憶を残したい

 この間、仕事に向かう電車の中で、不意に発熱しました。
時々、ひどく疲れて熱が上がるのです。重たい怠さに目を閉じると、何度か短く強引な眠りに飲み込まれて、意識が戻るたびに口元をマフラーに埋めなおしました。立ち上がるのは億劫を通り越してもはや怖く、腕を強く組んで猫背になりながら、真っ暗な瞼の中で、とりあえず待ち合わせ場所まで行ってから事情を伝えよう、と決めました。電話ですませることもできるのに、つらい時ほど律儀になるたちなのです。

 薄く目を開いて、関節が軋む音を聞きながら立ち上がり、手すりにもたれながらエスカレーターで運ばれて、改札からが永遠のように遠い駅ビルまでの通路を歩き、待ち合わせていた相手の顔が見えた瞬間、なめらかに手を振って笑顔を見せると、吐く息の熱っぽさがするすると解けるのを感じました。
相手との距離が近づいて、何か話しかけられて、適度に明るく返事をすると、社交的でいられる自分を嬉しく感じます。

 帰宅すると抑えつけていた熱が解放されて上がってきたので、ベッドに潜りました。

 膝を抱えながら、誰かを信用していないとか嫌いとか、そういうことじゃなくて、ただ、私といる時を心地よいと思ってほしいから、調子が悪くなったら人目を離れてひとりきりになりたい、と思いました。初めてのことだけど、とても自然に。

 誰にも死に際を見せたくないというのは、こういう感覚なのかしら。
特に、自分が愛情を注いでいると思うものに対しては。そしたらずっと、特別な人たちの中に、私の記憶が心地よいものとして残るのです。そんな風に考えるのは、やや病的なんでしょうか。でも、熱のせいで重たくなった心は、弱っている姿を見せたくない身勝手な願望の重たさとぴったり重なっているようでした。

 あんぽんたんがいなくなった少しあと、「こてつ」は暮らしていた家で息を引き取って、家族に見守られながら火葬されました。灰と骨になって見せることで、お別れするための手順を踏んで。きちんと誠実に。

 あんぽんたんとばったり再会するところを思い浮かべます。場所はご近所さんの庭だったり、住宅街の中の小さな駐車場だったりして、目が合った瞬間、私は、やっぱりね、と思います。

ほら、やっぱりまだ生きてたんだね。

Text/姫乃たま

次回は <ふいに姿を消したものは、またどこかで会えるような気がする/姫乃たま>です。
盗難されていた自転車が見つかったという連絡を警察から受け、「ふいになくなったもの」について思いをめぐらす姫乃たまさん。自転車の持ち主だったおじいちゃんとの思い出がよみがえってきます。