なぜか他人からジャッジされる「子育て論」。翻弄されたり傷ついたりするけど、でもきっと…

母と子の画像by Pixabay

マリオのスター状態でも痛みを覚える

若い頃は、毎日のように傷ついていました。合コンで「いいな」と思った男性につれなくされて「わたしってブスなのかな」と落ち込み、会ってセックスもしているのに、付き合ってもらえないことにダメ―ジを受け、恋がワンナイトで終わったことにへこみ、彼氏と喧嘩ばかりで上手くいかないことを気に病む。
もちろん男性関係以外でも、やりたい仕事ができていないことだったり、ちゃんと貯金ができていないことだったり。そういう、たくさんのコンプレックスに日々苛まれて、すごくつらかった。

けれど、いつしかビックリするほど楽になりました。いい関係性のパートナーができたことで、恋愛市場から降り、男性からの評価がどうでもよくなったこと。少しずつだけど、好きなことを仕事にできるようになったこと。貯金はいまだにあんまりできていませんが、「まぁ、なんとかなるか」と開き直りも身に着け、少しくらい恥を掻いても「あー、やっちまったけど、寝て忘れよ」という図太さも心得た。
そんな、アラフォーを迎えて以降、スーパーマリオのスター状態であったわたしであっても、いまだに子どもを巻き込んだ攻撃を受けると、痛みを覚えます。

残念なことに育児中は、いろんな場面において母親の愛情をはかる風潮に晒されます。無痛分娩するといえば「それって愛情が薄くなるんじゃないの?」と窘められ、母乳をあげていると「偉いわね」となぜか褒められ、「離乳食はどうしてる?」と心配され、0歳から保育園に入れていることをコラムに書くと「大人の都合を優先してる」とリプがつく。
つい先日も公園で息子を遊ばせていたところ、見知らぬ壮年の男性に「一人っ子? 三人は生まなきゃダメだよ」ってどこの誰が決めたルールですか、それ。
あげくの果てには、自民党の萩生田光一幹事長代行のように「0~3歳の赤ちゃんに、パパとママどっちが好きかと聞けば、はっきりとした統計はありませんけど、どう考えたってママがいいに決まっている」(朝日新聞デジタル)って、妻が夫と育児をシェアすることにすら、罪悪感を持てというメッセージを送る人すらいる。なんなのそれどういうことなの。赤ちゃんのパパに対して失礼じゃないの? と思うのですが、当のパパたちも「やっぱりママが~」なんて考えていたりして、もうどうしようもない。