“初めて”を求めてくる嫉妬深さ

けれども、神奈川に引っ越したことで、彼との諍いの種がひとつ減りました。

もともとわたしは東京生まれの東京育ちです。だから、東京のあらゆる街に、様々な想い出があるのです。一方で彼は、大人になってから憧れを持って上京してきた人でした。しかし、生活が立ち行かず、わずか数年で神奈川へと引っ越した経緯がありました。だから“東京”の経験値が高いのは、当然わたしのほうです。それは仕方のないことなのに、週末のデートの計画を立てる時、わたしが「そこは行ったことがある」と言うたびに、彼はいちいち嫉妬してしまうのです。

付き合いたての頃、まさか彼がそんなことで傷つくだなんて夢にも思っていないわたしは、毎度毎度、「池袋? いいよ。懐かしいなぁ。友達と最初に行った映画館は池袋だったし、中学生の頃のデートといえば、サンシャインに行った後に東急ハンズをぶらぶらすることだった」などとマイヒストリーを語っていました。わたしのバックボーンを彼も知りたいだろうと思っていたのです。
しかし、それはわたしの勘違いでした。業を煮やした彼にある時「東京のどこに行っても想い出があるのは嫌だし、それを聞かされるのもつまらない」と言われ、ようやく「嫌だったの!?」と気が付いたのでした。

彼のこの“初めて”欲求は、下半身事情にも同じことが言えました。わたしに、少なくない人数の男性および女性との経験があること、SMや乱交や3Pといった奔放なセックスに興じていた過去があることも、彼にとっては許せないことでした。わたし自身が他人の性経験を聞くことにワクワクする性質なので、わざわざ聞いてくる恋人もそうだと思い、これまたベラベラとマイヒストリーを語ると、彼のほうは嫉妬でイライラする。

このすれ違いの大本には、わたしの思い込みがありました。「わたしを選んだからにはもちろん、純粋無垢な女性ではなく、様々な経験を経てきた女性が好きに違いない」と信じて疑いもしていなかったのです。

わたしたちは、付き合えば付き合うほど、互いに深手を負う相性なのでした。人生の経験値に誇りを見出すわたしは女の過去に嫉妬しない男性を選べばいいのに、むしろ嫉妬深いタイプの相手を選んでしまう傾向にある。それは、嫉妬深い相手のほうが「愛されている」という実感を持てるからです。そして、嫉妬深いのにわざわざ嫉妬する要素が豊富な相手を選ぶ彼は、もしかして、嫉妬することでとても興奮を覚える性癖だったり、支配出来そうにもない相手を従属させることでようやく愛情が満たされるタイプだったりするのかもしれません。

とにかくそういう前提があったので、湘南の街で暮らすことは彼にとって、わたしを自分の色で塗り替えるかのような、わたしのこれまでの人生に自分を上書きするかのような気持ちがあったのではないかと思っています。そしてわたしのほうも、彼が嫉妬する要素を消すことで落ち着いて生活が出来るのならと思い、なんの由縁もない湘南の街で、「好きな男性とともに海辺で落ち着いた暮らしを送る」という脚本を演じようとしていました。

これが、1年すっ飛ばしてしまうほど記憶の曖昧な2年間です。その間にわたしは30代を迎えたのでした。

――次週へ続く

Text/大泉りか

次回は<結婚準備を何もしない彼を、なぜわたしは許してしまったのか?>です。
書類、結婚式、挨拶…やることがたくさんの結婚準備。なのに仕事で忙しい彼が、計画に非協力的で頼りなく、何もしてくれない…という悩みを持つ女性は多いもの。大泉りかさんは、そんな彼を許して自分で抱え込んでしまったばっかりに、不満が爆発してしまいました。