魔法使いを演じてしまう、蔵子の恋の行方が気になって仕方ない
そんな蔵子が、クラゲオタクの月海を女として意識していると知ったとき、わたしはなにかもの凄い興奮が突き上げてくるのを感じずにはいられませんでした。
女装男子がオタク女子に恋するのが倒錯的だからではありません(それも多少はありますが)。
異性装によって男/女のボーダーを行き来している蔵子が、どんな風に月海と向き合えばいいのか分からなくて揺れているのが最高に健気に思える……着飾るほどに強く美しくカッコよくなっていく蔵子の胸のうちが、最高にピュアでかわいくて揺れている。
このギャップにやられてしまったのです。
オレはこのまま月海の側にいていいのかな/男として それとも女として?/どうしたら一緒にいれる?
蔵子の幸せを祈りたいのは山々ですが、月海は蔵子の兄「修一」と結婚を前提に交際するようになります。
皮肉なことですが、蔵子のファッションやメイクの凄テクによって月海がきれいになり、修一がひと目ぼれしてしまうのです。
蔵子はそんな自分の存在を童話の魔法使いにたとえます。
自分の魔法で、地味な女の子が美しいお姫様になって王子様に見初められることはあっても、お姫様が自分を変えてくれた魔法使いを愛するなんて話はない。
そのことに気づいてしまった蔵子は、魔法使いとして、お姫様の恋を見届けることにするのです。
不器用で誠実な中年童貞、修一も悪い奴ではない。
むしろ、スーツ萌え、メガネ萌えなどのツボを突いてくる、イイ感じの王子様です。
しかしながら、不器用ながらも好きな人に好きだとまっすぐに伝えられる修一よりも、この複雑な事情を抱えた女装男子の恋の行方が気になって仕方ない。
魔法使いなどという損な役目を引き受けて、お姫様の幸せを祈り、本当の気持ちを胸にしまって、誰よりも美しく気高く着飾っている蔵子は、とても美しくて、すこし哀しい王子様なのです。
Text/トミヤマユキコ
次回は <祝ドラマ化!『逃げるは恥だが役に立つ』に見る心を閉じた男と武将のように策士な女>です。
少女マンガにおける“理想の王子様像”を分析する、トミヤマユキコさんの連載。今回はTBS火曜10時放送中で話題の『逃げるは恥だが役に立つ』について考えます。エンディングで新垣結衣と星野源が踊る「恋ダンス」が可愛いと、すでに秋ドラマで高視聴率を出している本作ですが、その原作(海野つなみ著)もきっちり読み込んでいきましょう。