存在しない「みんな」

背の高いイケメンに親切にされて「女だって感じるだろ?」と言われたら。これが少女漫画だったらキュンとするんだろうか。もしくは、相手が夏油傑だったら私、ドキッとした? 答えはノーだ。どんな相手、シチュエーションだろうが、私はたぶんピンとこない。

ドキッとできる人間だったらよかったのに。背が高いイケメンを、背が高いイケメンというだけで「いいね!」と思える人間だったらよかったのに。そしたらこんなに傷つくこともなかったのに。

くよくよしている時にふと「てかそんな奴いる?」という考えがよぎった。私が今まで「多くの人はこうなんでしょ」と思い描いていたその、多くの人達は揃ってのっぺらぼうだ。

…いないんじゃね? 背が高いイケメンだからっていう理由で「自分も女だって感じるでしょ」って発言を好意的に受け取れる人間、いないよこの世に。みんな嫌いだよそんな奴のこと。

実際、友達にこの話をするとどんなタイプの子もみんな、口を揃えて「キモい」と言った。ほらやっぱっみんな嫌いじゃんあんな奴〜! じゃあ私の頭の中にいる「みんなこういうのがいいと思ってるんでしょ」の「みんな」って一体誰なんだろう。 そう考えると、8太郎さんと自分は同じ穴の狢なんじゃないかと思えてきた。存在しない「女」のイメージに奉仕する8太郎さんと、存在しない「みんな」の価値観に苦しむ私は、共に虚ろだ。悔しいけど、私も8太郎さんと同じように、イメージに振り回されて現実を生きてしまっていた。

8太郎さんのことは許さない。私は一生この話をし続けるし、もし再会することがあったら靴の端を踏んづけてやろうと心に決めている。でも、あんたのおかげで目が覚めたこともある。あんたみたいにならないように、私は心の中に住む「みんな」と縁を切ろうと思えたから、そこに関してだけはありがとな。でも覚えとけよマジで。でもありがとな。でも許さねーからなでもありがとな。

TEXT /長井短