意味が生まれて死ぬものは
その日は久しぶりに同級生から「吉祥寺で飲んでるよ」って連絡が来ていたけど、会うとまたしょんぼりしてしまいそうで気が進まなくて、結局私は三太郎と金の蔵にいた。暇だからいつも通りガブガブお酒を飲んでいた。飲んでは携帯をいじり、たまに悪態をつき、笑って飲む。今夜も一等くだらない夜になると安心していた時、いつになく静かな三太郎の声が響く。
「もう良くね?」
何を言ってるんだろうと思い視線を向けると、ただただ真剣な眼差しでこちらを見ている人がいる。二十代前半の、未来にそこそこ不安を抱えたごく普通の男性が、私の目の前にいる。それは三太郎なのだけど、私の知っている三太郎ではなくて、つまりこいつが今、初めて、本気で私とコミュニケーションを取ろうとしてきたんだとわかる。その意味も。
「なぁ」
生身になった三太郎の顔を呆然と見つめているうちに、今までなかったはずの臓器が体内を圧迫してくるのを感じる。胃がぎゅうぎゅうと押しつぶされて、あぁまずいこれは絶対にやばい。
「ごめんトイレ」
走り込んだ個室の中で跪いて大きく口を開けると、透明の液体がジャブジャブ溢れる。焼けるような痛みはない。ただただ、蛇口を捻ったみたいに液体が流れ出る。あまりにもなんの混じり気のない透明だから、一見便器の中には何も起きていないみたいだ。よく見ると、液体の量が多いけれど、言わなければ誰も気づかないかもしれない。私は気づいてしまったけれど。
席に戻ると三太郎はいつも通りに携帯をいじっていて、戻ってきた私に「吐いたの?」と聞いた。私は「吐いたから帰る」と言った。彼は何も言わなかった。
駅前で別れた後、すぐにタクシーを拾う。全然お金がないくせに「吉祥寺まで」と気づいたら私は口にしていて、今起きたことを一刻も早くどうでもいいことにしたい。
「告白されて吐いちゃったー!」と言いながら飲み会に合流すると、久しぶりに会うみんなは笑ってくれてホッとした。大事な思い出になんかしたくなかったから。どうでもいい小噺になってくれよと祈りながら、さっき無くしてしまった分の透明を補充する。どうでも良くできた! と思ってたけど、今こうして、ここに書いてしまっているってことは、やっぱりどうでも良くなんてできていなくて、少しずつ疎遠になった三太郎は元気かしらと時々思う。
人と一緒にいるのは大変で、辛くて、面倒で、だから人じゃないみたいに一緒にいられる三太郎が好きだった。もちろんこの「好き」は、所謂「好き」ではない。でもやっぱり、どうでもいい人とどうでもよく一緒にい続けるなんて無理なのかもしれない。私たちは結局相手を大切に思ってしまう。関係性に意味を持たせてしまう。もし、私がもっと三太郎を大切にしていたら、今もまだ、どうでも良く一緒にいれたんだろうか。それとも大切にしたらしたで同じ結果になっただろうか。考えはするけどやっぱりそんなことはどうでもいいなと、思う気持ちは本心。
TEXT/長井短
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