「こうしてほしいんだろ?」好きなタイプがドSだったあなたへ /長井短

バレンタインは皆さんどうでした? なんかうまくいきました? うまくいってるといいな。私は最近ずっと家に篭って鬼滅の刃のことを考えています。やっと読んだの。あれやばいね? 鬼滅のせいで自分の中の漫画愛が蠢き出して、情緒が乱れています。それで思い出したんだけど、私、中学生の頃の好きなタイプ、ドSだったんだ…あぁ…何書いてるんだろう…なんでこんなこと公共の場で白状しちゃうんだろう…でも、中学生の頃の好きなタイプって大体ドSじゃないですか? これなんでですかね? というわけで今回は、「何故、人は皆一度ドSが好きなタイプになるのか」これを考えてみようと思います。馬鹿なのか?

ドSに何を求めてた?

ドSと聞いてあなたが思い浮かべることはなんですか? 壁ドン? 床ドン? 不敵な笑み? 私は市丸ギンなんですけど、共通するのは「主導権を相手が握っている」っていう状態ですね。でも、よく考えると不思議じゃない? 主導権を握っているのはドSのはずなのに、大体ドSってこっちの思う通りに動くじゃないですか。凄いちょうどのタイミングで壁ドンしてくるし。なんなら周りに人がいるかどうかとかも確認してくれてるのはドSだよね。

古から言われていることとして、「SとM実は逆」みたいなのがあって、それはつまり、一見自分勝手に動いて見えるドSの方が、むしろ本当はドMに奉仕しているっていうこと。これくらい、AMの読者の皆さんは常識として知っていることですよね。ってことは、中学生の私は、本当はドMが好きだったの? いやでも、「ドSが好き」っていう気持ちの中に「本当はドMなドSが好き」っていう成分は含まれていなくて、じゃあ、私はなんでドSが好きだったんだろう。

セックスに限らず、物語を動かすのには勇気がいる。告白もそうだし初夜もそう。デートに誘うのだって、なんなら「何食べるか」を決めるのすら勇気がいる。この勇気を担っているのが、私の好きなタイプことドSなんじゃないかと思いました。

一方の私はただ言われたことにハフハフ言ってるだけで、マジで楽なもんですよ。照れるって恥ずかしくないからね。照れてんだから。でも、ドSは照れることができない。「ラーメンとか嫌かな?」って不安を微塵も出さずに「ラーメン行くぞ(美声)」とか「今違うか?」と思いながらも壁ドンして「…いいか?(美声)」こんなの羞恥で身体が吹っ飛ぶ。そんな、自分なら絶対にできないことを全部やってくれるマンとしてのドSが、私は好きだったんだと気づく。

「私は恥ずかしいので何もしないです!あなたが全部やってください!あなたが私の理想まで導いてください!」グループワークとかで一番いてほしくないタイプの人間だ。自分がどれだけ暴君だったかを思い知ると、また別の意味で恥ずかしくなってくる。

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