「ヤっちゃってさ〜」って言いたかった私の不毛なあの夜/長井短

彼氏はいないけど別にどうしてもほしいわけじゃなくて、だけど友達はみんな恋愛で忙しそうだから。毎日「おはよう」を言い合うことができなくなった彼女たちとこれからも友達でい続けるためには、できる限り足並みを揃える必要があると思った。みんなが話すみたいな「ヤっちゃってさ〜」的な話題を、私も用意する必要がある。だから、大好きな友達に捧げるための夜を手に入れよう。今思い返せば完全に間違った方法で友情を繋ぎ止めようとしていたあの頃に、出会ったのが二太郎さん。あの頃は、発端が謎の大人数飲み会というのがあってじゃな…そこで知り合ったんじゃよ…時代じゃな…。

甘やかし大臣二太郎

発端が謎の大人数飲み会で知り合った二太郎さんは、人見知りでまごつく私にとても優しかった。どう喋ればいいか分からないからただ黙々とテーブルに乗った皿を右から左へ、左から右へ受け渡すベルトコンベア人間になっていた私の電源を切り「好きなものは何?」と聞いてくれるような良い人。そこから飲み会が終わるまでの二時間弱、二太郎さんはずっと私の隣に座り続け、私がマシーン化しそうになるたびに電源を落とす。

「気を使わなくていいんだよ」「ほっといて平気だよ」そんな風に甘やかしてくれる人と出会うのは初めてで、私は「甘やかされている」という事実をどう受けとめればいいのか分からない。そもそもこれまでの飲み会で私が培ってきた「注文ある方〜?(クソデカボイス)」「お皿下げまーす(クソデカボイス)」「ラストオーダーでーす(クソデカボイス)」こういうのが異常だったのか? 今、二太郎さんに甘やかされているというよりも、これまでの私がストイックに飲み会と向き合いすぎていたってこと? 普通はこのくらいのもんなんだろうか。それとも…。

「連絡先教えてくれない?」

こいつ私のこと好きだったりする? いやまぁ流石にそれは自意識過剰か。アルコールが回った頭で考えるには難問すぎて、とりあえず私は何も考えない。ただ連絡先を交換する。

「ありがとう。連絡するね。今度二人で飲もうよ」

中肉中背で細目、取り立ててチャームポイントのない二太郎さんに、良い人だな以外の感情はない。だから、ちょうどいいかもと思った。こういう人と飲みに行くことってなかったし。こうして私は、二太郎さんと二人で飲みに行くことになるのである。

知らない日本語を喋るのね

待ち合わせ場所は、中央線のどこかの駅だった。19時。改札で。なんか一応男と二人だし、男と二人みたいな服を着た方がいいのかな? と悩んだけれど、そもそも私は男と二人みたいな服を持っていなくて、それでもなんとなく、どちらかといえば可愛い感じのワンピースを着て二太郎さんを待つ。改札から出てくると思った二太郎さんは東口からこちらに駆けてきて、え、もしかしてお前この街に住んでんの? あ〜ね。

二太郎さんの行きつけの飲み屋は赤提灯の感じの良いお店で、確かにおつまみも美味しかった。まさかのテメェの最寄り飲みにちょっと引いたというか、到着するまでは分からなかったこの飲み会の趣旨、今日のこの飲み会は「気が合うと思ったからもっと喋りたい」なのか「男女♡サシ飲み♡」なのかという疑問にあまりにも強い答えが返ってきたことに困惑したけれど、美味しいのでまぁいっか。それに、二太郎さんが男ムーブをかませばかますほど、私が友達に話せることも増えるのだ。じゃあもうどんどんやれよ。見ててやるから。そんな気持ちで飲み始め一時間、二時間…時間は経てど、会話は一向に盛り上がらない。

「短ちゃん大人っぽいよね」
「いや〜そんなことないですよ、全然クソです」
「ahaha」
「(ahaha…?)」
「休みの日とか何してるの?」
「あ〜寝てるかゲームしてるか飲んでますね」
「インドア?」
「めちゃくちゃ」
「ahaha!俺も俺も!寝ちゃうよね〜」
「ですよね〜(ahaha?)」

ちょいちょい褒め言葉を挟みながら展開される二太郎さんの話に興味を持てなすぎて「アハハ」が「ahaha」に聞こえてくる。同じ日本語を話す者同士のはずなのに、言葉がうまく入ってこない。こいつは何の話をしているんだ? 誰と喋ってるんだ? なにこの人。なんでahahaとか言ってんの? 感覚が合わない、というのはこういうことなんだろう。でもだからと言って、二太郎さんに嫌なところがあるかというとそうでもない。ただシンプルに退屈なだけ。

それなら帰ればいいんだけど、どうしても、私はそうしたくなかった。友達ではない男の人と二人で飲みに行くこと。そこに好意が滲んでいること。初めてだったのだ。今までずっと、8万馬力でゴリ押しする恋だったから、一度くらい、人からの馬力でフラフラしてみたい。みんなみたいに無意味な夜を過ごしてみたい。だから「もう一軒行かない?」と二太郎さんに言われた時、私はもちろん首を縦に振る。