「何処で生きようと、たいして代わり映えはしないよ」

できるだけネタバレは避けたいのだけれど、最終的にこの方舟はどうなるか。なんと、昆虫屋とサクラとその相方の女を残して、モグラだけがこの舟を降りることになってしまう。どのようにしてそうなるのかは小説を読んでもらうとして、方舟を降りる直前のモグラに、サクラは舟を降りることを拒否しながらその理由を語る。「何処で生きようと、たいして代わり映えはしないよ」、と。

人はコミュニティに属さないと生きていけないが、コミュニティの中にはノイズが混ざる。ノイズを排除しようと新たなコミュニティを作っても、その中にもやはりノイズが混ざる。それが社会であり、他者とともに生きることだ。村上春樹風にいえば「完璧な安心安全というものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」といったところだろうか。私は「女だけの街」を作ってみることに反対はしないけど、そこに住めば完璧に安心できるってわけでもないのだろう、と思っている。

「こういうコミュニティがあったらいいのになあ」と考えること自体は、それほど咎められることでもない。ただそのコミュニティも決して理想郷にはならないのだと、『方舟さくら丸』はひっそりと教えてくれる。あと余談だけど、『雨天炎天』は私の中のベスト・オブ・春樹エッセイなので、こちらも合わせてぜひ手にとってみてほしい。

Text/チェコ好き(和田真里奈)

初の書籍化!

チェコ好き(和田 真里奈) さんの連載が書籍化されました!
『寂しくもないし、孤独でもないけれど、じゃあこの心のモヤモヤは何だと言うのか -女の人生をナナメ上から見つめるブックガイド-』は、書き下ろしも収録されて読み応えたっぷり。なんだかちょっともやっとする…そんなときのヒントがきっとあるはすです。