手をかけた料理が絶対?テキトー弁当で育ったわたしたち『ヴィオラ母さん/ヤマザキマリ』

ブエノスアイレスのキッズたちのお弁当

お弁当の写真by qi bin

昨年、アルゼンチンのブエノスアイレスを訪れたときのことだ。ブエノスアイレスといえば、タンゴにボカ地区にと、観光名物・名所は尽きない。しかしそれらをおしのけて私が行きたかったのは、「ティエラ・サンタ」という地球の歩き方にも載っていないカトリックのテーマパークだった。カトリックの、テーマパーク……? と、これを読んでいる人は首を傾げていると思うけど、今回の本題はそこではないのですっ飛ばす。このテーマパークで出くわした小学生と思われる団体ご一行のことを、今でも私はよく覚えているのだ。

彼らはお昼ごはんの時間になると、背負っていたミニオンズやらドラゴンボールやらアナ雪やらのリュックサックの中から、持参した弁当箱を取り出した。弁当箱というかただのタッパーだが、さてブエノスアイレスのキッズたちのお弁当の中身は何かなと、私は同行の友人と彼らの手元を覗き込んでみたのである。すると、これがだいたい、食パンに雑にチーズやハムを挟んだようなもの……いや、それならまだマシなほうで、ポテチの袋を空けてぼりぼりと食べ始める子もいた。そういう子が1人2人いたのではない。クラス全員、みんなそんな感じのお弁当(?)なのだ。

これにはちょっと面食らってしまった。日本の小学生たちが持参する、卵焼きや唐揚げやタコさんウィンナーが入ったカラフルなお弁当を見たら、彼らも彼らの親も卒倒するのではなかろうか。しかし、そんなお弁当がこの世にあることをたぶん知らない彼らは、当然ながら特に悲しそうな様子も寂しそうな様子もなく、ただ無心に食パンやポテチをむしゃむしゃ食べていたのであった。

私もまた、テキトー弁当を持たされていた

お弁当には、実はちょっと苦い思い出がある。私の母は看護師で忙しく、またおそらくあまり料理の上手い人ではない。そのため、私は日本生まれの日本育ちだが、学生時代に持参していたお弁当はどちらかというとブエノスアイレスのキッズたちに近く、卵焼きも唐揚げもタコさんウィンナーも入っていることはなかった。タッパーに冷凍スパゲッティがどーんと入っているだけのことも多々あり、今振り返るとそれでも有難いと思えって話なのだが、当時は少なからず引目も感じていた。

ところが先日、ヤマザキマリさんの『ヴィオラ母さん』を読み、ヴィオラ奏者であるヤマザキマリさんの母・リョウコさんもまた、食パンにマーガリンと砂糖を挟んだだけのお弁当を、学生時代のヤマザキさんに持たせていたことを知る。『ヴィオラ母さん』は、深窓の令嬢として育ったにも関わらずヴィオラ奏者として身を立てるため実家と絶交スレスレで単身北海道へ渡った、破天荒なリョウコさんの生き方が書かれたエッセイだ。洗濯石鹸で洗顔するというリョウコさんの豪快なエピソードなどには笑ってしまうが、親にテキトーな弁当を持たされた経験のある者として、マーガリンパンには思わず共感してしまった。

しかし、当時は少なからず引目も感じていたはずなのだが、私も、そしてヤマザキマリさんも、大人になってからはあのテキトーな弁当に対して不思議なくらいぜんぜん恨みを抱えていないのだ。リョウコさんはヤマザキさんに、シングルマザーとして、自分の仕事を持って強く生きることや、まわりに惑わされないことを教えた。看護師である私の母はシングルマザーではないけれど、私がやりたいことや進みたい方向に、今も昔もこちらが驚くくらいまったく口を出さない。もちろん料理好きな人が凝ったお弁当を作るのはいいと思うけど、あまり料理に手をかけたくない人は、無理してタコさんウィンナーを作る必要はない。親と子はそんなことをしなくても大丈夫だと、彼女たちはどこかで知っていたのかもしれない。