
若い頃に蕎麦屋で酒を飲むという行為を教えてくれたのは、かなり年上の男性でまずは板わさやだし巻き卵だとかを頼んで日本酒を飲み、最後は蕎麦で〆るというのが、その店のド渋い老舗感も相まって、すごい大人っぽい……というか、オジさんっぽいと思いつつも、蒲鉾は家で出てくるのとはまるで別物のようにもっちりしていて味が濃く、だし巻き卵もふわふわで出汁が利いている。〆のお蕎麦もクオリティが高くって悪くないと思った記憶があり、以来、「蕎麦屋で飲む」という選択肢ができた。
もっともわたしは練馬区在住の高校時代に地元密着型の蕎麦屋でバイトをしていて、そこは近所の草野球チームのたまり場で、日曜日なんかはしょっちゅう昼から大宴会をしていたから蕎麦屋を飲み屋扱いする人たちがいること自体は未成年の頃から知っていた。
けれどもわたしがバイトをしていた蕎麦屋は、白い上っ張りの胸元には喜平のネックレスを光らせている五丁目のパンチと呼ばれているオジサンが店長を務めていて、その店長どころかバイトも手が空くと裏口でタバコを吸っているし、常連たちは店内のテレビで放映している相撲や甲子園の勝敗で賭けていた。出前がメインのその店の男子アルバイトの採用条件は、原チャリの免許を持っていることだったのでヤンチャな男の子たちばかりが集まっているし、なかには赤髪のモヒカンという蕎麦屋にまったくそぐわない男子までもおり、原チャリで配達する時はヘルメットをかぶることになるというのに、そいつは頑なにモヒカンで出勤していたし、店長もそれを許容していた。
そんなド酷い蕎麦屋でなぜバイトをすることになったかというと、父親の「アルバイトなんてしたら店長に口説かれる」という謎の主張からで、顔なじみのその近所の蕎麦屋でならばバイトOKの許可が出たんだけれども、いま思えばヤンキーの巣窟に娘を突き落としてどういう気だったんだ! ということはさておいて、とにかくわたしがかつてバイトをしていたその店は、大人になってから知った「蕎麦屋で飲む」とはちょっと違ったテイストのいわゆる大衆店であり、不味くはないけど美味しくもなく、なので地元にいる時代に、バイト先であるということを鑑みてもデートで訪れたことはない。
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