防犯ブザーを握りしめて、つまらん大人に会いに行ったあの頃 /長井短

長井短さん

私のマッチングアプリ歴

マッチングアプリを使っている友人を見るたびに、あ〜1回でもいいからやってみたかったと思う。ほんの数年前までは「ちょっと怖い…」なんて声が多数派だったけれど、今ややったことない人の方が少なかったりして。友達のマッチングアプリ博士は、アプリごとの傾向や本気度まで熟知していて、そういう経験に基づいた知識ほどクールなものってないよなぁ。いいなぁ。本当に1回もやったことないっけ? 脳内を検索してみると、ヒットしたのは2件。なんだあるじゃん。

1件目は、昔海外に旅行した時だ。同行した友達は既にマッチングアプリを使い慣れていて、時代の最先端を走るやつだった。なんせ8年前ですからね。私が「異国で旅の思い出をぶち上げたいですな」と酔いに任せてぼやいてみれば、返ってきたのは「いいアプリあるよ」だった。話が早すぎる。しかも友達は既に、3日後のお昼にアメリカ人との約束を取り付けていた。言えよ。今思い返してみると、あれはTinderだったんじゃないかと思う。早速登録して、宿泊しているホテルから半径数キロ圏内を検索。英語が全然わからない私は、全て友達に翻訳してもらいながら右へ左へスワイプを繰り返した。この人たち誰とでも出会えるんですか?! って衝撃と、実際会う時は友達いないんだよなっていう不安に板挟みされながら、私はスマホを失くしました。(了)

2件目はもっともっと昔の記憶で、中学生の頃。当然その頃マッチングアプリなんてものはなくて、古の出会い系アプリに登録していたわけでもない。じゃあなんなのかというと、前略プロフィールです。その末尾に設置されたゲストブック。掲示板のような機能のその場所は、ほとんどが元中の友達からの「久しぶりー」とか、塾の友達からの「発見!」みたいな可愛い書き込みだったけれど、時々あったのだ。見知らぬ人間からのナンパまがいの書き込みが。

腱切れるくらいの背伸び

「数学苦手なの?」だったかしら。面識があるのかないのかわからない人間からの馴れ馴れしい言葉の後には、そいつの前略プロフィールへのリンクが貼ってあった。15歳の私はその書き込みを見た瞬間、罪悪感と興奮に包まれる。

これ、大丈夫なやつ…? まぁでも、リンク先に飛ぶだけなら、ねぇ?

ドキドキしながらクリックすると、ガラケーならではの画質で自撮りされた男の顔。プロフによると、男子大学生だった。ごくせんの男みたいなヘアスタイルに大きな目。鼻のところで途切れているその写真では全体像はわからないけれど、それでも中学生からしたらとても大人っぽくハンサムな人だった。「リンクをクリックするだけなら」という気持ちはすぐに「返事をするだけなら」に変わる。連絡先を教えなければ、ここで雑談している分にはいいだろうと、自分なりにラインを決めて、やり取りスタート。

「はじめまして。苦手なんです」と答えれば「教えるよ」と返ってきた。塾講師のバイトをしているから教えるのは得意らしい。ほぅ。正直にいうと、数学は苦手じゃなかった。当時の私はとても勉強ができたから、わざわざ誰かに習う必要はない。でも、でも。その時私は初めて、頭が悪いふりをした。「教えてほしいです!」と言って、ものすごく数学が苦手な女の子のふりをしたのだ。どんどん話は進んでいって、スターバックスで勉強会をしようという話になる。今思い返すと、何もかもが危険だ。知りもしない中学生の前略プロフィールを徘徊している大人って時点でおかしいし、なおかつ実際に書き込みをして会おうとするなんてどう考えても変だ。私だってわかってた。でも、わかった上で興味というのは止まらない。

放課後、まだ明るい時間に、駅前のスタバで待ち合わせをした。なけなしの危機管理能力を使って、私は親しい友達に全部の事情を説明し見張ってもらうようお願いした。どんだけ良い友達だよ。飲み物から目を離さないこと、途中でトイレに行かないこと、帰りはそのまま塾に行くふりをすること。15歳の私なりにできうる限りの準備をして、スタバで男と会ったのだ。そこまでしてなんで会いたかったの? と聞かれても理由なんてない。背伸びをしてみたかっただけなんだから。

くだらないってわかっていても

店で落ち合った彼は、自撮りの写真と確かに同じで、でも写っていなかった鼻の下、顔の下半身が尋常じゃなく長かった。「なるほど」と思った。小さな机を挟んで向き合って、塾でやってる数学の問題を広げる。ぜーんぶわかるのに「ここがわからない」と言って、彼に教えてもらった。わからないことをわかるようになることよりも、わかることをわからないふりすることのほうが難しいことを知った。私の視線の先には、わざわざお茶してくれてる友達がいる。少しでも変なことがあったら鳴らすために、ポケットには防犯ブザーも持っていた。結局、2時間弱教わってそのまま解散になった。

いけないことをしている高揚感はあっても、それ以外は何も面白くない時間で期待はずれ。自分でやったことながら「これ何?」って気持ちになったことをすごく覚えている。結局背伸びなんかより、クラスメイトと校庭走ってる方が楽しいんだよな。同時に今振り返ってみると、無事でよかったと心から思う。その人とはそれきり会うこともなく、ゲストブックでのやりとりも自然消滅していった。

世界のほとんど何もかも知らない15歳の時から「できないふりをすること」を知っていた。今、大人になった私がマッチングアプリをやるとしたら、今度はどんな人間のふりをするんだろうと想像すると少し怖い。きっとこのコラムを書いていることは隠すだろうな。「書かれる」って怯えられそうだし。でもやっぱり防犯ブザーも持っていきそう。マッチングアプリ博士の友達に「見てて」とか頼みそう。私はずっと臆病なままだ。あの大学生はなんだったんだろう。時間が経つにつれて気味が悪いなって思うけど、私はあの時、会ってみたかったんだもんな。絶対行かない方がいいのに、行くのが背伸びで大人っぽいって思ってたんだもんな。

今の私のこと、未来の私が振り返ってため息つく日は来るかしら。来ないといいなと思いつつ、でも来るといいなとも思う。いつまでも、間違えながら生きていきたいと思ってしまう二十代最後のコラムでした。

TEXT/長井短