家事、育児、介護の社会的評価が低い
もう一つ、この小説を読んで考えさせられるのは「ケア労働」の社会における評価の低さである。以前この連載でも東畑開人さんの『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』を紹介して、私も金銭的な価値を生まないケア労働(=家事、育児、介護)についてずっと考えているが、まだはっきりとした答えは出ていない。ケア労働の価値を認めよう!と口で言うのは簡単だけど、『対岸の家事』に登場する詩穂ですら「専業主婦は辞めて働くべきでは」と物語の途中で考えるし、金銭に結びつかない非生産的な行動を忌避する価値観を内面化していない現代人なんてほとんどいないと思う。
そういえば、最近の女子大生は専業主婦志望が増えている……なんて統計が数年前に出ていた気がするけど、あれ、最新の統計ではどうなのだろう。女子大生が専業主婦を希望するのは「働きたくないから」であり、『対岸の家事』を読むとわかるが、はっきり言って家事を舐めている。しかし、舐めさせてしまったのは家事を一人ですべて抱え込んでしまった彼女たちの母親であるとも言え、小説はその部分にも切り込んでいく。
「すべての人におすすめしたい」って陳腐なので私はあまり言いたくないのだけど、『対岸の家事』で描かれる物語は今の日本で無関係でいられる人がほとんどいない。独身も、子供がいない夫婦も、いる夫婦も、母あるいは父だけの家庭も、介護をしている家庭も、すべて登場する。お隣の家の事情を考えるにあたって、やっぱり、より多くの人に手にとってもらいたい小説だなと思う。
Text/チェコ好き(和田真里奈)
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