現在35歳の私、今のところ自分の人生においてもっとも後悔していることといえば、若い頃に髪を金髪にする機会がなかったことだ――長年、そう思っていた。いや、だって何事もなく健康に過ごせるのであれば80年近く生きるわけだから、そのうちの数ヶ月くらい、全頭ブリーチした頭で過ごしてもいいかなって。しかし、なかなか「今だ!」というタイミングに出会えず20代が終わり、さすがに30代ともなれば金髪にする機会なんて訪れない。あーあ、やればよかったなあ。
そんな思いを抱えたまま35歳になってしまった私に巡ってきたのが、このコロナ禍と、ハイトーンブームである。全頭ブリーチなんて無茶は若い子がやるものという固定観念がどうしてもあったのだけど、ブームによって、アラフォー世代の女性でもいろいろな人が髪をピンクやベージュやグレーにし始めた。加えて、ハイトーンは実は白髪を染めなくてもいいという、年齢を重ねた女性ならではの利点(?)があることにも気が付く。さらに、外出の機会が激減してしまった今の世の中なら、似合わなくて失敗してもショックが少ない。
これは、もしや「今」なのでは!? と思った私は4月に美容院に駆け込み、実は現在、2ヶ月ほど全頭ブリーチしたベージュ頭で日々を過ごしている。いや〜よかったよかった。やっぱり髪の痛みが激しいのでもうやらなくていいなと思っているけど、1回もやったことがないのと、1回だけでもやったことがあるのとでは全然違う。願い続けていれば機会はやってくるものだと、怪しげなセミナーみたいなことをつい言ってしまうくらいには、大満足である。
港区女子とギャラ飲みへの憧れ
全頭ブリーチのベージュ頭で二次創作のイベントに行き、自作の成人向け小説を頒布している35歳の私、図々しいというかやりたい放題というか、本当にまったく人目を気にしない人間に成り果ててしまったのだが……そんな私に久々に「容姿への執着、コンプレックス」みたいなものを思い出させてくれたのが、川上未映子の短編集『春のこわいもの』にあった、『あなたの鼻がもう少し高ければ』だ。
この短編の主人公は、20代前半の女性であるトヨ。トヨは毎日、朝起きるとSNSを巡回し、一流の店で高級料理を食べたりブランド物のバッグをさりげなく載せたりする華やかな女の子たちのアカウントをチェックしている。トヨが中でも夢中なのは、その華やかな女の子たちの間でも中心的な存在である「モエシャン」。モエシャンはギャラ飲みの元締めをしており、お金持ちの男性がいる食事の場へ、容姿の整った女の子たちを派遣している。
そんなモエシャンがある日、ギャラ飲み要員として新たな女の子を募集するというので、トヨは加工に加工を重ねた奇跡の一枚写真をDMで送り、面接のために渋谷のセルリアンホテルまで行く。しかし直接行けば加工はすぐにばれ、トヨは面接で撃沈してしまう。
自分の容姿にコンプレックスがあるトヨは、美容整形を検討している。毎日SNSを巡回しては華やかな女の子たちのアカウントをチェックし、ギャラ飲みの面接に行くくらいだから、そういう世界に憧れもある。しかしモエシャンの面接で撃沈したあと、トヨは少し落ち込みはするものの、同じ面接を受けていたマリリンとカフェに入り、今興味ある動画などを互いに教え合い、そのうちに撃沈のショックはスマホの画面をスクロールするように過ぎていってしまうのだ。
執着はある。コンプレックスもある。だけど、次々に新しい情報が入ってきて、それらはすぐにどこかへ流れていってしまう。心の深いところには、ずっと何かが沈殿しているのだけど――この薄ら寒い感覚、久々に味わったなと思ってしまった。
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